女子サッカー界の「出産=引退後」という常識 妊娠が分かり、引退を考えた岩清水梓の転機
妊娠が分かり考えた「引退」、それを一変させた母の一言
岩清水は当時をこう振り返る。
「前例がなさ過ぎただけかもしれないですね。みんな敢えて口にはしなかったですけど、そういった空気感がありました。ちょうど引退のボーダーラインが30歳前後だったこともあったのかもしれません。だから、結婚や出産はその後でもいいよね、と」
ただ、全く前例がないわけではなかった。代表でまだ若手選手だった頃、8歳年上の宮本ともみ氏(現女子日本代表コーチ)が子どもを連れて合宿に参加。「自分がそうなるとは思っていなかった」ものの、妊娠が分かったときは「宮本さんの存在が背中を押してくれた」と口にする。
2019年。32歳で結婚し、妊娠が分かった当初、岩清水は引退を考えたという。
「ちょうどキリがいいから辞めようかなと思っていました。自分の現役を1年、1年と考えたなかで、何か転機が来たのかなと。だから、最初はこれを機に……って思ったんです」
代表に一旦区切りをつけ、チームでもキャプテンから退いた。妊娠を機に2019年のシーズン途中に離れたベレーザはリーグ5連覇を達成した。「それまでは戦力だったけど、自分がいなくてもチームはやっていけるんだなと、若手選手の成長も感じていて。自分のなかで、そろそろかなという雰囲気があった」。引退するにはちょうどいいタイミングだった。
ただ、そんな考えを一変させたのは、母の一言だった。
「実家で相談したら、母は昔、宮本さんと代表で一緒にやっていたことを知っているので『宮本さんがやっていたじゃない?』『続けたらいいじゃない』と言われたんです。実家から帰る頃には考えが180度変わっていた。びっくりですよね(笑)。母の言葉によって、今の自分があるんです」
現役サッカー選手の妊娠、出産の前例はそう多くはない。所属するベレーザでも初めてのことで、情報は極端に少なかった。妊娠が分かってからも軽く体を動かしていたが、その後の体調の変化が分からず、ほどなくしてチームから離脱。故障者のリハビリの要領でトレーニングを継続していた。
「安定期に入る前までの体の動かし方が分からなかった。今思えば、もうちょっとトレーニングできたと思います。対人や試合はさすがに無理だけど、安定期に入るまではお腹もそんなに大きくないし、グラウンド内でのトレーニングは正直、動こうと思えば動けるんです。でも、やっぱり安定期に入るまでは不安じゃないですか。だから不安がある以上は、体を動かすかどうかの判断は自分自身に委ねられることになって、自分はできなかった」