3歳の子を持つ岩崎こよみへ「やり切って」 先輩・荒木絵里香から五輪で継がれるママアスリートの情熱――女性アスリートと出産
スポーツ文化・育成&総合ニュースサイト「THE ANSWER」はパリ五輪期間中、「シン・オリンピックのミカタ」と題した特集を連日展開。これまでの五輪で好評だった「オリンピックのミカタ」をスケールアップさせ、大のスポーツファンも、4年に一度だけスポーツを観る人も、五輪をもっと楽しみ、もっと学べる“見方”をさまざまな角度から伝えていく。「社会の縮図」とも言われるスポーツの魅力や価値が社会に根付き、スポーツの未来がより明るくなることを願って――。
「シン・オリンピックのミカタ」#21 女性アスリートの今を考える――伊藤華英×荒木絵里香対談
スポーツ文化・育成&総合ニュースサイト「THE ANSWER」はパリ五輪期間中、「シン・オリンピックのミカタ」と題した特集を連日展開。これまでの五輪で好評だった「オリンピックのミカタ」をスケールアップさせ、大のスポーツファンも、4年に一度だけスポーツを観る人も、五輪をもっと楽しみ、もっと学べる“見方”をさまざまな角度から伝えていく。「社会の縮図」とも言われるスポーツの魅力や価値が社会に根付き、スポーツの未来がより明るくなることを願って――。
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スポーツ界で近年、急速に変化が起こりつつあるのが、女性アスリートの環境だ。夏季五輪に初めて女子選手が参加したのは今回と同じ1900年パリ大会。1964年の東京大会は出場選手5151人のうち女子は678人で全体の13.2%だったが、「ジェンダー平等の推進」がテーマに掲げられた2021年の東京大会で48.8%とほぼ半数に。こうしてスポーツで女性が活躍するとともに、月経とコンディショニング、結婚・出産とキャリアプランなど、女性アスリート特有の課題が注目され始めた。
こうした課題を先進的に取り上げてきた「THE ANSWER」はパリ五輪に合わせ、競泳・伊藤華英さんとバレーボール・荒木絵里香さんの対談を企画。五輪出場経験を持つ2人は引退後、伊藤さんは部活生や指導者らに月経にまつわる情報発信や講演を行う教育プログラム「スポーツを止めるな 1252プロジェクト」のリーダー、荒木さんは実際に出産または出産を考えている女性アスリート、関係者らの支援を行う団体「MAN(ママ・アスリート・ネットワーク)」の代表理事を務める。
そんな彼女たちが、2024年の今、スポーツ界の最前線で感じている女性アスリートの課題とは――。第4回は「女性アスリートと出産」。女性アスリートの台頭とともに、結婚・出産しても現役生活を続ける選手も増え始めている。子育てと競技をどう両立し、どんな苦労があるのか。(取材・構成=THE ANSWER編集部・神原 英彰)
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――第3回では、女性アスリートと出産について荒木さんの体験談を聞かせてもらいました。そもそも荒木さんはどうしてママアスリートとしてのキャリアを築こうと思ったのか。2012年ロンドン五輪後の2014年に結婚・出産し、現役復帰しましたが、それまでの経緯を改めて聞かせてください。
荒木「もともと長く競技生活を続けたかったし、選択肢の一つとして持っていました。(ロンドン五輪直後のタイミングは)今がチャンスと思って、家族と相談しました。その選択も24歳の時に移籍したイタリアでの経験が大きかったです。彼女たちのライフスタイルやアスリートとしての姿を見た時、こういう生き方があるんだと感じた。みんなプロのバレーボール選手であると同時に結婚している選手も、大学に通って勉強している選手、起業している選手もいた。モデルみたいなことをしている選手もいたんです。
そういう姿を見た時、メリハリをつけて競技生活をしていて、バレーボール選手としてだけではなく、自分自身の人生を豊かに生きていることがすごく刺激的に映りました。日本だと『○○はこうあるべきだ』みたいな考えをバレーボール選手として勝手に作っていたし、なんとなくそういう風潮も(スポーツ界には)ありました。イタリアに渡ったことで、こういう選択肢もあっていいんだって思えたことがすごく大きかったです。バレーボールは団体競技なので、(妊娠・出産も)自分のタイミングで行うことはできない。所属チームとの契約の状況もあるし、(決断までの)期間は決めていました」
――もちろん、苦労も多かった。
荒木「(産後に復帰したら)初心者の方みたいに(レシーブで)腕が真っ青になって(笑)。授乳で(胸が)張って痛かったし、体はボロボロでした」
伊藤「それはすごく大変そう……」
――でも、プレーヤーとしては「出産前の自分に戻ろう」と思わなかったそうですね。
荒木「それは復帰する段階から決めて、新しい自分を作っていくつもりでした。そうすることで、選手としてまた面白さを感じることができた。今までの自分をイメージして追いかけたら、絶対にキツかった。出産による体の変化もあるけど、年齢による影響もアスリートなら誰でもある。ジャンプ力が下がったら技術の面で技の引き出しを増やせばいい。マイナスな部分ばかり気にしたらどうしようもない。違う部分で結果的に(トータルで)プラスを多く作れるように。そこに面白さを見い出すことができました」