カメラマン席で偶然見た高校野球のリスペクト たった一人直立し、横浜の校歌を聞いた敗戦校の補助員
第105回全国高校野球選手権・神奈川大会は8日から熱戦が繰り広げられている。「THE ANSWER」は新人カメラマンのフォトコラムを連日掲載。今回は、敗れた試合後に相手校の校歌を直立し、じっと聞いていた1人のブルペン捕手。16日にサーティーフォー保土ヶ谷で行われた4回戦の第2試合・横浜―湘南工大付戦。カメラマン席で一人立っていたのは、敗れた湘南工大付の補助員・薩美賢仁郎(2年)だった。(写真・文=THE ANSWER編集部・中戸川 知世)
THE ANSWER編集部・新人カメラマン「夏の高校野球神奈川大会フォトコラム」
第105回全国高校野球選手権・神奈川大会は8日から熱戦が繰り広げられている。「THE ANSWER」は新人カメラマンのフォトコラムを連日掲載。今回は、試合後の校歌を直立して聞いていた敗戦校のブルペン捕手。16日にサーティーフォー保土ヶ谷で行われた4回戦の第2試合・横浜―湘南工大付戦。カメラマン席で一人立っていたのは、敗れた湘南工大付の補助員・薩美賢仁郎(2年)だった。(写真・文=THE ANSWER編集部・中戸川 知世)
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第2試合終了。勝利した横浜の伝統の校歌が流れる。試合後の取材に向け、カメラマン席を出ようとした時、気付くと隣に誰かが立っていた。
チラッと目をやると、赤のビブスとヘルメットを持つ手が見えた。背番号はない。どうやら、敗れた湘南工大付のブルペン捕手のようだ。フェンスの前で背筋を伸ばし、校歌を歌う横浜ナインをじっと見つめる。カメラマン席は通路裏のブルペンの前にある。試合が終了し、グラウンドが見えるカメラマン席に出てきたのだろう。
初めて出くわした光景だった。カメラマン席は、私と彼だけ。レンズを向けたら気が散るのではと躊躇した。しかし、グラウンドや客席からは見えない場所。にもかかわらず、直立して、まっすぐに前を向く姿が印象的だった。邪魔をしないよう、少し後ろからそっと、1枚だけ撮らせてもらった。
試合後の球場外。本人を探した。薩美賢仁郎、2年生。ブルペン捕手を務めた補助員だった。
「相手あってこその野球。最後まで見届けるのがスポーツ」
聞くと、対戦した横浜へのリスペクトから取った行動だったという。しかし、本心は「悔しい思いでいっぱい」。試合は3-13でコールド負け。ブルペン捕手として「声掛けとかで、もう少し支えられたかな」。先輩の力になりきれなかった不甲斐なさで、話しているうちに涙があふれてきた。
3年生たちがずっと憧れだったという。「今日もやっぱりかっこよかった。先輩たちの良さを引き継いで、自分たちの代の良さを引き出していきたい」。新チームでは最上級生になる。今度は背番号をつけ、先輩たちに恩返しする番だ。
校歌の最中、穏やかな表情に見えた薩美が涙を流す姿は、少し意外に思った。でも、それは胸の中にそれだけ熱いものがあったという証し。グラウンドに立たずとも、高校野球は全員で戦っている。カメラマン席だから知ることができたストーリーだった。
(THE ANSWER編集部・中戸川 知世 / Chise Nakatogawa)