[THE ANSWER] スポーツ文化・育成&総合ニュースサイト

青学大、9度目Vの裏で「1か月前に外れた選手も…」 直前に異変「胸が締め付けられる瞬間」トレーナー回顧

3日まで開催された第102回東京箱根間往復大学駅伝競走(箱根駅伝)は、青学大が3年連続9度目の総合優勝を果たした。アンカーを務めた折田壮太(2年)はゴールテープを切る際に涙。同大のフィジカルトレーナーを務める中野ジェームズ修一氏がその背景を伝え、さらには栄光の裏で「胸が締め付けられる瞬間」もあったと明かしている。

アンカーを務めた青学大・折田壮太【写真:中戸川知世】
アンカーを務めた青学大・折田壮太【写真:中戸川知世】

第102回箱根駅伝

 3日まで開催された第102回東京箱根間往復大学駅伝競走(箱根駅伝)は、青学大が3年連続9度目の総合優勝を果たした。アンカーを務めた折田壮太(2年)はゴールテープを切る際に涙。同大のフィジカルトレーナーを務める中野ジェームズ修一氏がその背景を伝え、さらには栄光の裏で「胸が締め付けられる瞬間」もあったと明かしている。

 目に涙を浮かべながら、優勝のゴールテープを切った折田。選手をサポートしてきた中野氏は「箱根駅伝が終わって、思うこと。10区・折田壮太が涙でゴールした。青学の過去8度の優勝に携わってきたけれど、泣きながらゴールテープを切った選手は初めてだった」とインスタグラムにつづった。

「なぜ彼が泣いたのか。その理由は痛いほど分かっている」とも記した中野氏。折田は兵庫・須磨学園高3年時に、全国高校駅伝1区で当時の日本人最高記録をマーク。スーパールーキーの肩書を背負い、青学大へ進学した。ただ、1年時の夏合宿で故障。継続的に練習が積めないなど、苦しい時期も経験している。

 中野氏は「期待されて入部。しかし疲労骨折で離脱。そこから必死にトレーニングを積み、フォームも改善した。それでも今度はメンタルがついてこなかった。本番での失敗を、何度も繰り返した」と苦しむ折田の姿を回顧。「次に向き合ったのは『心』。この箱根でまた失敗したら、次は本当に厳しい。その重圧から、ようやく這い上がれた涙だったと思う」と記した。

 祝勝会で、折田は真っ先にハグしてくれたと明かす中野氏は「自分も泣きそうになって、『おめでとう、良かったね』しか言えなかった。素っ気なくて、ごめん」と記した。

 栄光の裏では、メンバーに選ばれていながら「1か月前に脚の異変で外れてしまった選手もいる」とも振り返る。「12月29日。『明日は何時から調整トレーニングする?』と聞くと、長い沈黙のあと『箱根後でお願いします』と。苦しさが、痛いほど伝わってきた。来年こそ、絶対に走らせたい」と中野氏。「チームの優勝は、もちろん嬉しい。でもその何倍も、胸が締め付けられる瞬間がある。チームフィジカルトレーナーという仕事は、そういう仕事。やめ時が分からないし、やめられない。とりあえず90歳までは頑張ります(笑)」とも記した。

(THE ANSWER編集部)



W-ANS ACADEMY
ポカリスエット ゼリー|ポカリスエット公式サイト|大塚製薬
oillio
THE ANSWER的「国際女性ウィーク」
N-FADP
#青春のアザーカット
One Rugby関連記事へ
THE ANSWER 取材記者・WEBアシスタント募集