本田真凜、過度な注目浴びた葛藤を告白 ジュニアで世界制し「どんな時もカメラが…辛いなと」今は「幸せです」
フィギュアスケートの2016年世界ジュニア選手権女王・本田真凜(JAL)が11日、都内で現役引退会見を開いた。ジュニア時代から頭角を現し、高い表現力で銀盤を彩った22歳。競技者としてのスケート人生にピリオドを打った。時に過度な注目を浴びる日もあり、「辛いなと思うこともありました」と葛藤があったことを告白。それでも、最後は「幸せだと思います」と感謝を述べた。
本田真凜が引退会見
フィギュアスケートの2016年世界ジュニア選手権女王・本田真凜(JAL)が11日、都内で現役引退会見を開いた。ジュニア時代から頭角を現し、高い表現力で銀盤を彩った22歳。競技者としてのスケート人生にピリオドを打った。時に過度な注目を浴びる日もあり、「辛いなと思うこともありました」と葛藤があったことを告白。それでも、最後は「幸せだと思います」と感謝を述べた。
全てが順風満帆ではなかったが、ここまでのキャリアに悔いはない。競技者として現役最後の舞台に立った本田。報道陣45社の前で一礼し、登壇した。冒頭の挨拶ではこれまでの競技生活を振り返った。
「頑張ってきたからこそたくさんの方に出会えた。いろんな葛藤に向き合って乗り越えられました。これまでの人生は、どんな時を振り返ってもスケートがあります。良い時も、そうでない時もありましたが、どんな時も幸せな競技生活だったと思います」
2歳でスケートに出会い、2016年世界ジュニア選手権で優勝。安藤美姫、浅田真央らに続く当時7人目の快挙だった。華麗な所作、唯一無二の表現力で銀盤を彩り、天真爛漫なキャラクターでも人気に。インスタグラムのフォロワーは126万人を誇る一方、17年のシニア転向後は伸び悩み、注目度と成績のギャップに苦しむ時期もあった。
将来を嘱望され、過度な注目を浴びた日々も。冒頭の挨拶で口にした「葛藤」について言葉にした。
「まずスケートを始めた時から他の習い事の一部。スケートが特別なものとかはなかったけど、徐々にスケートの一部になりました。最初はお兄ちゃんに負けたくないという思い。世界ジュニアで優勝してたくさん注目していただいて、どんな時もカメラが一緒でした。
よかった、幸せだと思うこともあったけど、小さい頃の私はそれで『辛いな』と思うこともありました。その時より(近年は)順風満帆という感じではないけど、その時より今の方がスケートが好きですし、幸せだと思います。皆さん(報道陣)にも『凄くお世話になりました』と伝えたいです」
一つひとつ丁寧に質問に答え、約25分で会見を終えた。写真撮影を終えると、「ありがとうございました」と報道陣に挨拶。ペコペコとお辞儀をしながら降壇し、最後に出口で振り返ると、胸に手を当てながら一礼した。
現在は明大4年。9年連続でエントリーした昨年12月の全日本選手権は右骨盤痛を抱え、ショートプログラム(SP)最下位の28位でフリーに進めず。競技者として現役最後の舞台となった。
■本田真凜(ほんだ・まりん)
2001年8月21日、京都府生まれ、22歳。5人きょうだい3番目の次女。2歳から氷に乗り、12年全日本ノービス選手権は当時歴代最高得点で優勝。15年に全日本選手権初出場。ジュニアながら9位となり、16年は自己最高の4位に入った。同年世界ジュニア選手権で初出場初優勝し、17年もアリーナ・ザギトワ(ロシア)に次ぐ準優勝。兄・太一さん、女優の妹・望結、紗来とともにスケート一家として知られる。
(THE ANSWER編集部)