侍の大谷翔平は「まさに怪物だった」 イ・デホが語る韓国代表に与えた衝撃「これは無理だと…」
プロ野球のオリックスとソフトバンクでプレーしたイ・デホ内野手は、昨季古巣の韓国ロッテを最後に現役を退いた。引退後は自らのYouTubeチャンネルを解説しているが、その中で語ったのが2015年秋のプレミア12で対戦した際の大谷翔平投手(エンゼルスからFA)の凄さだ。「あの時はまさに怪物だった」と心の底からの驚きを伝えている。
2015年のプレミア12で対戦したイ・デホが大谷翔平の凄みを語る
プロ野球のオリックスとソフトバンクでプレーしたイ・デホ内野手は、昨季古巣の韓国ロッテを最後に現役を退いた。引退後は自らのYouTubeチャンネルを解説しているが、その中で語ったのが2015年秋のプレミア12で対戦した際の大谷翔平投手(エンゼルスからFA)の凄さだ。「あの時はまさに怪物だった」と心の底からの驚きを伝えている。
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イ・デホ氏が振り返るのは、2015年に東京ドームで行われたプレミア12の準決勝だ。日本の先発は大谷で、7回を1安打無失点に封じた。「4番・DH」で先発したイ・デホ氏も死球、三振、三ゴロという対戦結果だった。
振り返って出てきた言葉は「あの時の大谷はまさに怪物だった」。「NPBの試合の時は直球の平均球速は150キロ、フォークボールが140キロ。でも代表に来たら全力を尽くすから、直球が160キロ以上、フォークボールが150キロ以上だった」と普段、日本ハム戦で対戦する時とはまた違ったボールだったという。
さらに「韓国で一番コンタクト能力の高いキム・ヒョンスが三振を食らったとき、これは無理だと。打てないと言っていた」。この試合「3番・左翼」で先発し、後にオリオールズやフィリーズでもプレーするキム・ヒョンス外野手もお手上げだったという。
イ・デホ氏は「フォークボールが150キロを超える投手なんて、韓国にはいなかった。初めて見るボールだから」として、韓国代表が立てた作戦を明かす。「最大限、球をたくさん投げさせよう。大谷をマウンドから降ろせば、そこから勝負できると」。
試合は日本が4回に平田良介外野手(中日)の適時打、坂本勇人内野手(巨人)の犠飛などで3点を先制した。「幸いにして(大谷は)7回までで下がった。だから8回、9回と好機が来て逆転したけれど、あの時は本当にボールが良かった」。韓国は9回、代わった則本昂大(楽天)、松井裕樹(楽天)の2投手を攻め立て、最後は増井浩俊投手(日本ハム)からイ・デホ氏が左翼へ適時打を放ち4-3と勝ち越し。そのまま決勝へ進み、優勝を果たした。
その後イ・デホ氏はマリナーズでもプレーし、メジャーでも14本塁打した。その経験を踏まえても「今、米国で投げているボールより、私が見た(プレミア12の)時の方が良かったと思う。その時は二度と対戦したくない投手だった」とキッパリ。日の丸を背負った大谷の脅威を語る口調は、熱を帯びていた。
(THE ANSWER編集部)