ジョニー黒木の長女もロッテ“入団” 合格率4.5%、受験時に熱い檄「そんな甘くない」
スパルタに育てられた父の教え「1日1つ、100%やりきる」
――お父さんは闘志あふれるピッチングスタイルが特徴の一つでした。普段、父親として家ではどんな存在でしたか。
家でも熱い男という感じです(笑)。私もスパルタに育てられたというか、常日頃から口うるさく、いろいろと言われていました。1つの教えとしては「なんでもいいから1日1つ、100%やりきる」ということ。ご飯を食べることでもいいし、お掃除をするのでもなんでもいいから、絶対なにかしら100%でやりきれと。
――「100%でやりきる」という教えに込められたお父さんの思いはどんなものだったのですか。
家での掃除みたいな簡単なことでも、普段の行いが全てに繋がるんだよ、とずっと教えられていました。小さい頃はバレエのレッスンを毎日真剣にやっていましたけど、やっぱりどうしてもだらけてしまう時があって、だらしない部分があるとすぐに「やれ!」とよく叱られていました。でも、今もそれが活きていると思います。
――「M☆Splash!!」に加入してから気付いた、お父さんの凄さはありますか。
父をきっかけにファンの方からお声掛けしていただくこともありますし、こうしてインタビューを受けさせていただくこともそうですね。あとは父が試合の解説でZOZOマリンスタジアムを訪れますけど、やっぱり「ただものじゃないんだな」とは改めて思います(笑)。まだ球場で話したことはないんですけどね。
――クラシックバレエ歴は約20年、ジャズダンスや舞台も経験されていますが、どんな経緯でダンスと出会われたのですか。
3歳の頃、友人が通っていたバレエスクールの発表会にたまたま母が連れて行ってくれたのですが、キラキラした衣装に惹かれて「やりたい」と言ったのがきっかけです。気付いたら、それからずっと踊っていますね。父は「好きなことをやれ」と、あまり私のやることに干渉することはなかったです。
――ダンスを職業として意識したのはいつ頃からでしょうか。
小学生の時から、将来の夢の欄には「ダンサー」「踊る人」と書いていました。最初はクラシックのバレリーナになりたかったんです。ただ、ある程度身長がないとオーディションに参加できない。私は今も154センチしかないですし、小さい頃から小柄だったので厳しい面があるとは分かっていました。
中学生の頃から他のダンスにも移行していったのですが、そこで舞台とか、広いところで踊ることに興味が沸いて以来、自分はエンターテイメントの中で生きていきたいと考えていた気がします。舞台の主役を一度いただいたときに、皆さんからの注目が1人に集まるのにゾワゾワっと高揚する感じがして、もっといろんな所で味わいたいと感じたことを覚えています。