わが子にさせたいスポーツどう選べばいい? 競技選びと適性の見極めに親ができること
親の「観察」と「問いかけ」により、子どもの自己調整力と適応力は高まる
【うまくなる子の共通点は「自己調整力」と「適応力」】
では、継続的に打ち込めるスポーツがある程度絞り込まれてきた後、親は何をすべきなのか。その答えを導くヒントとして、広瀬氏は「これまで見てきたトップアスリートの子ども時代には、共通した特徴があった」と言う。
「最終的にトップレベルにたどり着く選手の子ども時代は、グラウンドでコーチ、監督に管理されている時間以外で行っていることが違っていました。例えばある選手は、2時間練習をした後、持ってきたお弁当を食べて、ほかの子が帰って空いたグラウンドでずっとシュート練習をしていました。また、ある選手は小学生の頃、練習開始2時間前にグラウンドに来て、練習を終えた上の年代を相手に1対1の練習をしていました。
与えられた練習時間に練習を頑張るのは、いわば当たり前。それ以外のところで課題を克服する、あるいは、将来のパフォーマンスを高めるために何をすればいいのかを考える。たとえ試合になかなか出られなくても、自分が今何をすべきか、どうすればもっとうまくなるのかを常に考え、やり続けられる。そんな子どもが、プロとして10年以上のキャリアを積むような選手に成長しています」
彼らに共通しているのが「自己調整力」と「適応力」の高さだと、広瀬氏は語る。自己調整力とは、自分の現状を正確に把握し、課題を見つけ出す力。そして適応力とは、与えられた環境や状況に対応して課題を克服する力だ。
【自己調整力と適応力】
「試合のパフォーマンスを振り返り、その中で自分ができたこと、できなかったことを知る(1.現状把握)。そして解決すべきことにフォーカス(2.課題認識)し、解決のためのアクション(3.反応)をする。『自己調整力』は、この3つのプロセスを繰り返すことで高まっていきます。
その結果、プレーの『型』が生まれる。そして型を使って成功体験を重ねていくと、型にはまらない状況が生まれ、思うようにパフォーマンスを発揮できなくなる。この時に型をさらに磨き上げる、もしくは新たな型を見出す力。それが『適応力』です。これらの力をいかに養うかがポイントになります。
その選手たちには、生まれつきそういった能力を持っていたのではないのだろうか。後天的に身につけることができる能力なのだろうか。
「私は、これらは決して、生まれつきの能力ではないと思っています。これらの力を養うことができたのは、大人、すなわち親や指導者の働きかけがあったからだと思います。
親や指導者は子どもが今どういう状態にあるのかを、常に『観察』する。決してうるさく言うわけではなく、しっかりと見てあげる。その上で子どものパフォーマンスに対し、できているのかどうかの『問いかけ』を行う。子どもの目標が何であり、今どういう状況にあるのかを、大人が常に問うことが大切だと思います。
例えば子どもが何かしらの競技で、10回中9回成功しているとしましょう。その時に『自分はすごい』と思わせるのではなく、失敗した1回はなぜそうなったのか、10回中10回成功するにはどうすればいいかを考えさせる。その結果10回中10回成功した時、子どもがどう振る舞うかを見る。そこで天狗にさせるのではなく、ほかにできないことを自分で探させる。あるいは、自分ができることを、できない仲間に教えさせる。また、例えば上の学年のチームに入れてみるなど、あえて失敗する環境に入れてみる。そうして課題を認識する力と、適応力を高めるわけです」
【指導者と保護者の間のリスペクトと距離感】
時には指導者からの厳しい指摘を受けることもあるだろう。例えば子どものプレーがコーチに否定された時、大事なのは親のスタンス、そして親と指導者のコミュニケーションだ。
「もし親が子どもの肩を持ち『あのコーチはあなたのことを分かってない』と言ったら、子どもは二度とコーチの言うことを聞かない。それは、逆もそう。そこから考えると、親とコーチの共通理解が必要。そして、お互いを尊重することです。
例えば子どもがコーチの言葉に不満を覚えていたら、親がコーチの言葉をうまく解釈し、子どもに、コーチの言葉をどう捉えるかを説明してあげる。それが難しいなら『コーチにもう一度話を聞いてきなさい』と言ってあげればいい。
そのためには、子どもが実際にどういうプレーをしているのかを、よく知っておかねばなりません。子どものプレー内容、そして子どもの変化を知らずに、ただ自分の子どもが否定されたからといって感情的になっているようでは、子どもの成長につながらない。スポーツの現場で起こっていることを親が正しく解釈して、子どもに説明してあげるべきだと思います」
親が子どもの「好き」を尊重し、多く選択肢を用意して選ばせることで、適性の高い競技と巡り合う可能性を増やす。そのうえで子どもをよく観察し、問いかけ、説明することで「自己調整力」と「適応力」を育てる。それこそが親の「アントラージュ」としての大事な役割と言えるだろう。
(※1)1万時間ルール 米カーネギーメロン大学の心理学者、ウィリアム・チェイス博士と、同大学心理学者・経済学者のハーバート・サイモン博士による共同研究「チェスプレーヤーはいかに短時間で判断をくだしているのか?」という論文が基になり「1万時間ルール」の仮説が作り出され、研究され始めたと言われている。共同研究の中で、マスターチェスプレーヤーたちがよりよい一手を短時間で生み出すために必要な練習量について、集中力の高い状態での練習はおそらく1日2~4時間が限度、1万時間にいたるには、おそらく10年かかる、と概算した。以降楽器演奏やスポーツに転用されて広まっていった。論文:“Perception in chess.” Cognitive psychology 4.1 (1973): 55-81.
(※2)アントラージュ 競技環境を整備し、スポーツ選手がパフォーマンスを最大限発揮できるように協力連携し合う関係者のこと。マネージャー、代理人、コーチ(教員含む)、トレーナー、医療スタッフ、研究者、競技団体、スポンサー、弁護士や家族も含まれる。フランス語で「取り巻き、環境」という意味がある。スポーツ選手が身体的、社会的に適切な成長をするためには、スポーツ選手を取り巻く関係者がコミュニケーションし、協力しあうことが必要だと考えられている。
■広瀬 統一 / 早稲田大学スポーツ科学学術院教授、元なでしこジャパンフィジカルコーチ
1974年生まれ、兵庫県出身。大学卒業後、東京ヴェルディでインターンとして2年間従事した後、3年目から本契約。2006年に東京ヴェルディを退団後、早稲田大学教員として従事しながら、名古屋グランパスに入団。2008年からは名古屋グランパス、JFAアカデミー、なでしこジャパン(サッカー日本女子代表)、大学教員の職に並行して携わる。2009年に名古屋グランパスを退団し、京都サンガへ。スポーツ外傷・障害予防とコンディショニングをテーマに、若年層から成人まで幅広い年齢層を対象に研究を行う。2009年、早稲田大学スポーツ科学学術院専任講師に就任し、2015年より現職。
(記事提供 TORCH)
https://torch-sports.jp/
(前田 成彦 / Naruhiko Maeda)