「旨い塩の違い? 簡単よ、塩で朝まで酒が飲めるか」 お金よりオモロイことに生きる久保竜彦、47歳の今
食の原体験は幼少期「じいちゃん、ばあちゃんが農家やっとって」
職人と、ドラゴンの朝は早い。
午前5時に起床。カレンダーの感覚はない。「休みも関係ないし、日付も曜日もわからん。時間はある程度わかる。フェリーが行ったり来たりして。プップーって鳴らしてるから。ああ(朝の)7時半か、もう(夕方の)4時半かって。コロナの時はそんな感じ。好きなことしかやらん、最高やったよ」
生活は質素そのもの。
携帯はガラケー。服装の基本は「これが一張羅よ」という黒のジャージと、夏冬を問わないビーチサンダル。長女は社会人として自立、テニス選手として活躍する次女と妻は横浜に移り、ここ数年は一人暮らし。スーパーに行くことは少なく、近くの漁師から新鮮な魚がおすそ分けされ、自ら作った野菜も食う。
食の原体験は、福岡・筑前町で育った幼少期にある。
「じいちゃん、ばあちゃんが農家やっとって。田んぼ作ったり、畑したり。父ちゃんがずっと働きよったから、腹が減ったり、クワガタが欲しかったりして、チャリで1時間かけて行って手伝いもした。じいちゃん、ばあちゃんが『自分で作った方が美味い』『そこら辺に売ってるのは美味しくない』って言うのが残ってたんよね」
高校を卒業し、1人で飛び込んだプロの世界も当初は「好きなもん食って、やってた」という。
「全部コンビニとか、飯食わずに練習するとか、適当で。(成人して)飲みに行くようになったら、酒で金もなくなった。そんなんやから、クビになりそうになって。でも、結婚して食いものが良くなったら、すぐに試合に出だして代表に選ばれて。だから、食いものは(影響が)あるんかなって」
怪我に苦しんだ20代後半は、フィジカルコーチの勧めで断食も経験。コンディションが上向き、口に入れるもの、入れないもので生まれる変化に興味が生まれた。食で大切にするのは、顔が見えること。久保自身、人付き合いが上手ではない。だからこそ、選ぶものは信頼にこだわる。
「やっぱ、顔合わせてやりたいもんね。選手の時も秋田でめっちゃ美味い豚があるって聞いたら、豚を育ててる人のところに行ったり、米を育ててる人のところに行ったり。でも、都会で生活してたら限られるけんね。食わなあかん時は食わなあかん。(誰が作ったか)わからんもの食って、クセえなとか思いながら」
心血を注ぐ塩は興味をそそられた最たる例。
「(牛島で作られた)塩はめちゃくちゃ旨かったんよ。今もその味が忘れられん。旨い塩はどう違う? 簡単よ。塩で酒が飲めるか。枝豆とかピーナッツとかって(塩味があっても)飽きるやん。(ごく少量の塩で)朝まで飲める、それが旨い塩よ。でも、都会の塩じゃそれができんのよな」
こんな風に、47歳の今を生きている。
しかし、「塩は腐らんし、塩があれば死なんと思う、絶対」などと真顔で語り、己の道をゆく久保は、どこか浮世離れしたイロモノの元アスリートとして切り取られやすい。ただ、突っ込んでいくと、今の時代に響く、この男の本質が浮かび上がる。