「俺、メキシコで殺されそうになったんです」 プロテニス異例の47歳、松井俊英を突き動かすもの

目標は「世界最年長」 シングルスポイントを獲れば記録更新
手術せず、保存療法のPRP治療を選んだ。様々なサポートを受けつつ、47歳にして驚異の回復力を発揮。200キロ超えが自慢だったサーブも180~190キロまで戻ってきている。復活を期す2026年、達成したい大きな野望は「歴代最年長世界ランカー」の座だ。
ATPのシングルスですでに「現役最年長」の記録を達成したが、歴代ではオレン・モテヴァッセルの47歳6か月がNo.1だという。今年ポイントを得られなかった松井だが、4月に48歳となる26年にシングルスのポイントを獲って世界ランキング入りすれば、モテヴァッセルの記録を更新することになる。
「それを応援してくれる人もたくさんいるので、一つの目標にしようかなと」
長年、日本トップクラスに君臨してきたダブルスでは、2026年末に行われる全豪オープン(OP)ワイルドカード選手権での優勝が目標。全豪OP本戦への出場権を懸けた、大きな挑戦になる。また全日本選手権のダブルスでも、7度目の優勝を狙う。
50代を目前にしても世界で戦う、まさに異端児。情熱以上に、進化する自分への興味に突き動かされている。
「ちょっとでも上手くなりたい、強くなりたい。そういう気持ちが分かった時は嬉しいし、可能性を感じたらとことんやるべきかなと」。道具にもこだわる。故障時からラケットを20グラム軽減させ、グリップも衝撃を軽減する素材をチョイス。肘の負担が減ったことで進化を実感している。
世界で戦い、そこで感じる自分の可能性がおもしろい。30歳で最初の引退を考え、その後幾度となくターニングポイントを迎えても、ここまでコートに立ち続けているのは「後悔のない選択」と「進化への探求心」が理由だ。
「今、いろんな選手がいるじゃないですか。世界のトップ、国内トップを目指しているとか、SNSで活躍したり。様々な選手のスタイルがある中で、40歳くらいになって『俺は何だろう?』と思ったんです。それでいうと、限界を超える、年齢年代で強いとか。“ネタ”に近いかもしれないですけど、差別化を意識してきました」
心身はまだまだ元気だ。ただ、それだけで海外遠征をこなすことはできない。「プロテニス選手として成り立たないと、経済的に無理」。後編では、テニス選手のリアルな“お金事情”を聞いた。(続く)
■松井俊英(まつい・としひで)
1978年4月19日、千葉県柏市生まれ。私立八千代松蔭中学卒業後、カナダ・トロントのノースビュー・ハイツ・セカンダリースクールで単身語学留学を経て、ブリガム・ヤング大ハワイ校卒業。2000年にプロ転向後、06年、10年にデビス杯日本代表に選出。世界50か国以上を転戦し、19年には41歳で現役選手として世界最年長のATPランカーとなった。25年に日本協会の強化選手に復帰。公式HPを中心に、SNSやオンラインサロンも展開中。
■松井俊英 公式ホームページ
https://www.toshihide-matsui.jp/
■松井俊英 公式X
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■松井俊英 公式インスタグラム
https://www.instagram.com/toshihidematsui
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