「戦力外通告は“終わり”じゃない」 通告から7年間プレーを続けた元Jリーガーの挑戦
自分に出せる価値を見出していくことで、次につながる
――日本に帰国後の仕事について、めどは何かつけていたのでしょうか。
「スポーツにつながることで、東南アジアとも関わりが持てる仕事ができるといいなと漠然と思っていたくらいです。ノープランです。帰国後すぐ、高校時代の恩師に引退の報告をしに行ったところ、『高校サッカー部の監督をやってみないか』と誘いを受けました。
指導者の道はまったく考えていなかったのですが、サッカーや監督へお世話になった恩返しがしたいという気持ちがあって、引き受けることにしました。この選択で、人生が変わりました。
とはいえ、選手としての経験はあるものの指導の経験はありませんから、練習メニューを組み立てるのも初めて。着任して練習を始め私が指示を出した時、一人の選手が『聞こえねえよ』ってボソッと言ったのが聞こえたんです。そこで火がつきました。見てろよと思ったんです。
自分が選手たちを見ているように、選手たちも自分を見ています。指導歴があるわけでもない監督に何ができるのか? どれくらい本気なのか? と。自分が選手の立場だったら練習の時だけ現れる新米監督があれこれ指示しても、絶対に言うことを聞かないと思ったので、プロコーチとしてではなく、事務職員として学校に勤務させてもらうことにしました。それなら毎日普段から選手と顔を合わせ理解を深められますから。
指導者として、最初は未熟でした。東南アジアに行った時と同じで、『なんでできないんだ』とすぐ思ってしまって。でも1年くらい経った時、もう一度高校時代の恩師に会いに行ったことが転機になりました。恩師から『選手をその気にするのが良い監督だ』と言われたんです。普段のトレーニングの中でどれだけ自分を見つめ直してうまくなれるか。どうやって一人ひとりに火をつけてあげられるか。それを考えるのが指導者だと分かりました。トレーニングの組み立ても学び続け、そこから少しずつ指導が変わっていきましたね」
――監督から、現役サッカー選手のエージェントに転身されました。ユーフォリアでONE TAP SPORTSの営業という副業(複業)もされています。キャリアチェンジのきっかけは?
「監督として多くを学ばせてもらった5年でしたが、指導者としての限界を感じました。この学校で自分がこれ以上手掛けても、これ以上は上にはあげられないなという力不足の感覚があったんです。ここでひと区切りをつけ、サッカー選手をサポートする側に回りたいと思いました。
現在の会社の代表からエージェント立ち上げの話をいただき、一緒に仕事をさせていただくことになりました。その頃、ユーフォリア社の代表とも知り合い、ビジョンに共感してお手伝いさせていただくことになったんです。自分自身、高校時代は怪我をしても痛いと言えない状況があったり、プロになっても痛み止めを飲んでプレーしていたり。高校サッカー部を指導している時にも、高校生の怪我には課題感を持っていました。そんな状態をなくすことができればいいなと思いましたし、怪我で苦しんだ自分だからこそ、できることがあるんじゃないかと。
コンディションやトレーニング管理に活用するONE TAP SPORTSのサービスを見て、食事など日常生活から突き詰められれば、もっとできることがあったのかもしれない、と思うようになりました。怪我をする、しないも才能や運のうちではあると思う一方、もっと突き詰めてコンディショニングできたかもしれない、という後悔があるんです。でもだからこそ、これからの選手たちに伝えていけるんじゃないかと思っています。
指導者からエージェント、スポーツテックの営業と業種は違いますが、サッカーへの恩返しをしたいという思いが中心にあることは変わりません。これまでやってきたことは全部つながっていて。海外での経験があったからこそ、今エージェント業務で選手の次の活躍の場として海外への移籍先開拓ができていますし、指導者としての経験がユーフォリアの営業にも生きている。何事も受け止め順応し、自分に出せる価値を見出していく。そうすることで、次につながると感じています」