「絶滅危惧種」になったファンタジスタ 漫画で育まれた松井大輔という異端の才能
サッカー元日本代表MF松井大輔。希代のテクニシャンとして、その技術を武器に日本のみならず、フランス、ポーランド、ブルガリアと海外を渡り歩き、38歳となった今なお、Jリーグのピッチを走り続ける。そんな男がこのほど、「THE ANSWER」のインタビューに応じ、自身のキャリアからサッカー哲学まで、独自の思いを語り尽くした。
松井大輔インタビューvol.1―希代のファンタジスタに聞く「創造性」の作り方
サッカー元日本代表MF松井大輔。希代のテクニシャンとして、その技術を武器に日本のみならず、フランス、ポーランド、ブルガリアと海外を渡り歩き、38歳となった今なお、Jリーグのピッチを走り続ける。そんな男がこのほど、「THE ANSWER」のインタビューに応じ、自身のキャリアからサッカー哲学まで、独自の思いを語り尽くした。
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全3回に分けてお届けする第1回のテーマは「ファンタジスタ」について。
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松井大輔=ファンタジスタ。
38歳になった現在こそボランチとして黒子に徹するプレーを優先しているが、今でも松井に対してファンタジスタのイメージを持っているサッカーファンは多いだろう。
名門・鹿児島実業を卒業して京都パープルサンガ(現・京都サンガF.C)に入団した頃の、あるいは五輪代表の一員として戦っていた頃の彼は、誰も想像できない奇想天外なプレーを得意とするファンタジスタだった。まるでサーカスのようなトリッキーなプレーは松井の代名詞にもなっていた。
「プロの試合は勝たなければいけない勝負の世界なのに、京都時代の僕は変なことばかりやっていました(笑)。ハーフウェーライン付近でクルクル回ってみたりして、そこでボールを奪われてカウンターを食らうこともありました。相手のゴール前やタッチライン付近ならともかく、自陣でいきなり技をお披露目するわけだから、チームにとっては迷惑ですよね(苦笑)。でも当時の仲間や指導者は、状況や時間帯による使い分けを諭してくれた。みんなとても寛容でした」
ピッチ内外から賛否両論が巻き起こっても、松井は魅せるプレーを続けた。勝敗と直接的に関係のないプレーだとしても、自身の存在意義を示す唯一無二の方法と信じていた。
「チームの勝利とか、あるいは自分の得点とは別次元の話なんです。練習でいろいろなことにチャレンジして技をマスターすると、それを試合で実践したくなる。それでスタンドのお客さんが沸いてくれるのが喜びでした。いわゆる自己満足かもしれません(苦笑)。自分の中での幸せ度、満足度のゲージが上がるような感覚です」
ヒールリフトもマルセイユルーレットも、最初から上手にできたわけではない。すべて練習の賜物で、その成果を発揮する場が試合だったというわけだ。
では、松井が創造性あふれるプレーを志すきっかけは何だったのだろうか。