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「日本叩き」もあったスキージャンプの歴史…それでも「日の丸飛行隊」は負けない 飛び続けた半世紀分の“思い”

欧州中心に動くスキー界で欧州勢が有利なような変更も?

 ルール変更が「日本叩き」と言われたこともあった。それは言い過ぎではとも思うけれど、現実的に欧州中心に動くスキー界で欧州勢が有利なように変更されることはあるだろう。それでも日本はあきらめずに苦難を乗り越え飛んできた。

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 継承されてきたのは技術とともに、思い。笠谷幸生に憧れた世代が長野大会で金メダルをとり、葛西紀明から小林陵侑、そして二階堂蓮へと。今大会、日本勢が大活躍しているのは偶然ではない。半世紀以上積み重ねたものが今も花を咲かせ続けている。

 140メートル飛んだ二階堂のジャンプに、多くの日本人は驚嘆したはず。「すごいな」「飛んだね」「怖くないのかな」。それでも、本人は1本目のトップを守れず銀メダルに終わったことを「悔しい」と言った。「金メダル」そして「誰よりも遠く」。日本のジャンパーが追い求めてきた思いを、新しいエースが背負う。

「昭和の飛行隊」の表彰台独占から7大会後に「平成の飛行隊」が団体金メダルを手にした。さらに7大会後の今大会は、どこまで飛ぶことができるのか。団体がなくなり、今大会からスーパーチーム。小林陵侑と二階堂の「令和の飛行隊」が目指すのは金メダル。この日の大ジャンプを見れば、その期待も大きくなる。

 笠谷さんは2年前の4月に亡くなった。金野さんも青地さんも鬼籍に入っている。「元祖飛行隊」の3人は今、天国で二階堂たちのジャンプを見守っているはずだ。「罪人」なんてとんでもない。彼らは日本の冬季競技を引っ張り、日本人に冬季五輪の魅力を伝えてきたヒーローたちだ。飛べ、日の丸飛行隊。誰よりも大きく、誰よりも遠くへ。

(荻島 弘一 / Hirokazu Ogishima)

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荻島 弘一

1960年生まれ。大学卒業後、日刊スポーツ新聞社に入社。スポーツ部記者としてサッカーや水泳、柔道など五輪競技を担当。同部デスク、出版社編集長を経て、06年から編集委員として現場に復帰する。山下・斉藤時代の柔道から五輪新競技のブレイキンまで、昭和、平成、令和と長年に渡って幅広くスポーツの現場を取材した。

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