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伊藤雅雪は井上尚弥に続けるか― 異色の王者が勝利の先に見据えるロマチェンコへの道

クリストファー・ディアスを下し米国でベルトを獲得した伊藤雅雪【写真:Getty Images】
クリストファー・ディアスを下し米国でベルトを獲得した伊藤雅雪【写真:Getty Images】

「他にやることがなかった」から続けていたボクシング

 ジム入門から7か月。大学在学中に迎えた2009年5月26日のプロデビュー戦。軽い気持ちで臨んだ、初めての試合のリングの印象はほろ苦いものだった。

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「めちゃくちゃ覚えています。本当に怖いという思いしかなかった。とにかく早く終わってくれって。1ラウンド、2ラウンドとダウンをとって、相手は顔もすごいボコボコなのに向かってくるんです。こいつなんなんだと……。正直、ちょっとボクシングをなめてました。なんとかなるかなって思ってましたが、そんな甘い世界じゃないんだと……」

 ダウンを奪い試合は優勢に進めながらもKOは出来なかった。デビュー戦を白星で飾ったという思い以上に、相手の執念に圧倒された記憶しかない。

「次はちょっと…、もう試合はいいかなと思ってました。もともと記念だったし1回勝ったからと。だけどいつの間にか次の試合も決まっているんですよね」

 次戦は4か月後に予定されていたが、実際に2戦目に上がったのは翌年の4月だった。なぜか。試合直前に交通事故に遭ったからだ。一命は取り留めるが、右足首など複数個所を骨折。担当医からはドクターストップがかかった。これで辞められると思ったのだが、怪我が治ったらなぜか再びジムに通い始めていた。

「医者からはボクシングはもうやれないと言われたので、じゃ続けられないんだなと。でも治ったら、なぜかジムに足が向いたんです。(先代の)会長からもとりあえずジムに来いと言われていて、大学生だったので、他にやることがなかったというのもありますよね」

 本人はそう言って笑うが、いつの間にかボクシングにのめりこんでいたのだ。なんとなく始めたプロキャリアだったが、気づけば連戦連勝。デビュー10戦目で新人王を獲得するなど、2015年2月に日本スーパーフェザー級王者・内藤律樹に挑戦して敗れるまで、17戦無敗(1分け)だった。

「結局、ボクシングにハマっていたんでしょうね。今よりも間違いなくハマってました。その頃はとにかく楽しい。毎日、早くジムに行きたいという感じだった。将来とかは、全然考えてなかったんですけど、一つ一つやって、負けたら終わりだなと。新人王だってとれるとは思っていなかったですし。死に物狂いになって続けていたら、いつの間にかという感じですね」

 初黒星から半年後にOPBF東洋太平洋王座決定戦に勝利。東洋のベルトを獲得し、いよいよ世界王者への挑戦も視野に入るようになった。

「東洋チャンピオンになったくらいから、スポンサーさんとか色々な人が支えてくれて、米国にも行かせてもらいましたし。世界王者になりたいというよりも、これは挑戦はしなきゃいけないと。使命感のほうが強かった」

 そしてチャンスが巡ってきた。ロマチェンコが王座を返上して迎えたWBO世界スーパーフェザー級王座の決定戦。伊藤が一躍脚光を浴びた試合だ。初めての米国のリング。相手は同級1位のクリストファー・ディアス(プエルトリコ)。その時点で23戦全勝(15KO)、現地ではプロスペクト(有望株)として期待を集めていた選手に対して、前評判は圧倒的に不利だった。

 だが、試合後に手が上がったのは伊藤だった。ダウンも奪い大差判定での勝利。米国での日本人選手のベルト獲得は実に37年ぶりだった。

「千載一遇のチャンスですし、自分の中ではすごく慎重だった。100%の準備はしていました。初めての米国のリングでしたが、準備さえ出来ていればどこでやっても一緒だと思いました。ブーイングもあったんですかね? 気にはならなかった。終わってみれば、なんてことなかったですね」

 ただプロのライセンスが取りたくてボクシングを始めた男が、ついに世界のベルトを獲得した。しかも完全アウェーの地で成し遂げた偉業。本人は「何も変わらない」と言うが、周囲からの視線、扱われ方は大きく変わった。初防衛戦は年の瀬の12月30日。トリプル世界戦のメーンイベントで地上波で放送された。

「扱われ方が違いますし、自分が憧れていた年末の舞台はこういう感じなんだなと。メインでやらせてもらって、ありがたかったですし、内山さんとかも見ていたので、あそこでメインでやるのは感慨深かったです」

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