私は絵になりたかった「日本には逃げ場がない」 努力重視の国でアスリートが闘わされる他人の欲求【田中希実の考えごと】
陸上女子中長距離の田中希実(New Balance)は複数種目で日本記録を持つトップランナーである一方、スポーツ界屈指の読書家としても知られる。達観した思考も魅力的な25歳の彼女は今、何を想い、勝負の世界を生きているのか。「THE ANSWER」では、陸上の話はもちろん、日常の出来事や感性を自らの筆で綴る特別コラム「田中希実の考えごと」を配信する。

本人執筆の連載「田中希実の考えごと」、第7回「METに会って」
陸上女子中長距離の田中希実(New Balance)は複数種目で日本記録を持つトップランナーである一方、スポーツ界屈指の読書家としても知られる。達観した思考も魅力的な25歳の彼女は今、何を想い、勝負の世界を生きているのか。「THE ANSWER」では、陸上の話はもちろん、日常の出来事や感性を自らの筆で綴る特別コラム「田中希実の考えごと」を配信する。
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長年の日記によって培われた文章力を駆使する不定期連載。第7回は「METに会って」をしたためた。レースの合間を縫って訪れた米ニューヨークのメトロポリタン美術館。「私は昔、絵になりたいと思ったことがある」。そう告白した理由には、結果でしか評価されないアスリートの立場が関係する。人間はなぜ、人に、物に憧れるのか。深く考察した胸の内をさらけ出した。
◇ ◇ ◇
先日、アメリカのボストンやニューヨークでインドアレースを転戦し、その合間で、久しぶりにMETに行った。
メトロポリタン美術館。私はこの美術館のことを、小学生の頃「クローディアの秘密」という児童書で読んで知った。クローディアという家出少女が、ねぐらに選んだのが、メトロポリタン美術館だった。
美術館に家出少女が潜むなど、日本では考えられないが、いざ行ってみると、なるほどできないこともなさそうなくらい広い。子供1人、いや2人など(クローディアは家出の道連れに弟1人も巻き込んでいる)簡単に飲み込んでしまうだろう。
歩き回っても、とにかく広い。今回は2回目なのに、数年前初めて来た時に見て回ったのとほぼ同じコースをなぞっただけで力尽き、新規開拓はできなかった。数日券がないととても無理だ。主な目的はフェルメールなのに、入ってすぐのエジプトコーナーでまず足止めを食う。それくらいエジプトの魅力というか、魔力はすごい。

METのマスコット的な存在でもあるカバのウィリアムくん(古代エジプトの副葬品)を探し当てたのを最後に、あとは目をつぶるようにして切り抜けた。2階の絵画コーナーに上がると、膨大な量の絵画の中からフェルメール4点を見つけ出すだけで足が棒になり、終了した。まだ他に、アメリカコーナー、アジアコーナー、メソポタミアコーナー等々があるのだ。
クローディアが寝床に選んだヨーロッパ貴族のベッドなど、どこにあるのか見当もつかないが、もう歩く気力もない。展示品を探すのにも見るのにもエネルギーを使うし、もしかしたら展示品にエネルギーを吸い取られている気さえする。それくらい訴求力のある物ばかりなのだ。
カフェで1時間ばかり休憩してから、最後にギリシャコーナーを少し覗き、オリンピックだろうか、走る人々が描かれた壺を見たりして、精魂尽きて美術館から吐き出された。
メトロポリタン美術館は、昔NHKの「みんなのうた」にも出てきたらしく、それで知っておられる方々もいらっしゃるのではないか。最後は歌の主人公の女の子が、大好きな絵の中に閉じ込められて終わるという、なかなかトラウマものの歌だ。
この歌も元はと言えば「クローディアの秘密」に着想を得ているらしい。ただ、物語はクローディアが絵の中に閉じ込められるというような突飛な結末を迎えるものではなく、彼女がある突飛な秘密を知るまでが、絶妙なリアリティをもって描かれている。
ここから、私が少し突飛な事を言おうと思う。