44歳現役スプリンターが今も走り続ける理由 年齢を重ね、手に入れた「メダルより価値のある哲学」――陸上・末續慎吾
スポーツ文化・育成&総合ニュースサイト「THE ANSWER」はパリ五輪期間中、「シン・オリンピックのミカタ」と題した特集を連日展開。これまでの五輪で好評だった「オリンピックのミカタ」をスケールアップさせ、大のスポーツファンも、4年に一度だけスポーツを観る人も、五輪をもっと楽しみ、もっと学べる“見方”をさまざまな角度から伝えていく。「社会の縮図」とも言われるスポーツの魅力や価値が社会に根付き、スポーツの未来がより明るくなることを願って――。
「シン・オリンピックのミカタ」#66 連載「私のスポーツは人をどう育てるのか」第7回
スポーツ文化・育成&総合ニュースサイト「THE ANSWER」はパリ五輪期間中、「シン・オリンピックのミカタ」と題した特集を連日展開。これまでの五輪で好評だった「オリンピックのミカタ」をスケールアップさせ、大のスポーツファンも、4年に一度だけスポーツを観る人も、五輪をもっと楽しみ、もっと学べる“見方”をさまざまな角度から伝えていく。「社会の縮図」とも言われるスポーツの魅力や価値が社会に根付き、スポーツの未来がより明るくなることを願って――。
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今回は連載「私のスポーツは人をどう育てるのか」。現役アスリートやOB・OG、指導者、学者などが登場し、少子化が進む中で求められるスポーツ普及を考え、それぞれ打ち込んできた競技が教育や人格形成においてもたらすものを語る。第7回は2008年北京五輪の男子4×100メートルリレーで第2走者を務め、銀メダルを獲得した末續慎吾。44歳となった今も現役スプリンターとして走りを追求するなかで、メダルよりも価値のある感覚を手に入れ、物事の本質が見えるようになったと明かしている。(取材・文=藤井 雅彦)
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2008年北京五輪の男子4×100メートルリレーで銅メダル(後に銀メダルに繰り上げ)を獲得した末續慎吾は、44歳になった今もなお、現役選手としてトラックを走り続けている。
人間の細胞レベルの話をするとしたら、ピークはとっくの昔に過ぎ去っているのだろう。誰よりも自分自身が自覚しているだけに、客観的な見え方もスムーズに言語化できる。
「おそらく今の僕には美しさと見苦しさの2つがありますよね。つまり加齢を受け入れる潔さと抗う強さです。その双方を体現しながら生きたい。老いて下降していく自分を感じて、それでも緩やかに頑張りながら、しっかりと年齢を重ねていく。これが本来のスポーツという世界なのかなと思っています。
体力的なこと、神経系の話で言えば、おそらく20代前半がピークでしょう。でも若い時に獲得した技術は技術ではありません。若い体だからできる技術が存在して、それは年齢を重ねると難しくなる。一方で、老いを得ないとできないものもあって、それが本当の技術です。アスリートとしての能力値は落ちていても、その技術は錆びずに再現性がある。
そういう世界に生きている。昨日も今日も走っていて、まだまだだな、と感じるわけです。分かった気にならないことが大事なのでしょう」
走りに対する貪欲さや探求心は以前にも増しているかもしれない。
20代の頃は、ただ前だけを見つめて走っていた。足跡にも軌跡にも、あまり興味がなかった。だから結果が出ても、自分を認められなかった。
「20歳で出場したシドニー五輪は、生活や人生を切り拓くための大会でした。2004年のアテネ五輪では日本代表になる厳しさや難しさ、その立場で檜舞台に立つ意義を知った大会。そして3回目の北京五輪で、ようやく『五輪とは?』というテーマに直面しました。
大会が終わって、たいして嬉しくなかったメダルを眺めた時に、オレはなぜ五輪を目指していたのだろう、という疑問にぶち当たりました。世の中の一般的な価値観に対して全力で向かっていったタイプだったのに、そこの意識の乖離が僕のスポーツ観の転換期にあったのかもしれません」