[THE ANSWER] スポーツ文化・育成&総合ニュースサイト

我々はどう生き、死ぬのか「考え続けようではないか」 アスリートの私が記す「人が生きる意味」【田中希実の考えごと】

プリフォンテーン・クラシックが行われた米オレゴン州ユージンのヘイワード・フィールド、晴れやかな空が広がっていた【写真:本人提供】
プリフォンテーン・クラシックが行われた米オレゴン州ユージンのヘイワード・フィールド、晴れやかな空が広がっていた【写真:本人提供】

アスリートもただの人間、ただ少し他と違っているのは…

 アスリートは、決して特別な存在ではない。勇気や希望を与えるだけがアスリートでないのはもちろんだ。実に色んなアスリートがいる。実に色んな人がいるのと同じように。アスリートもただの人間なのだから。

【注目】育成とその先の未来へ 野球少年・少女、保護者や指導者が知りたい現場の今を発信、野球育成解決サイト「First Pitch」はこちら

 ただ、少し他の人間と違っているのは、アスリートは、人間の最も人間らしい部分に触れてしまっていることだ。アスリートは勝利を常に求めずにいられない。何者にも折り合いがつけられない。死んでもいいから勝ちたいと思うことだってある。そしてそれは、アスリートにとっては、生きたいという願望そのものなのだ。言葉の上では矛盾しているのだが。

 その裏腹に、キャリアの中では、なんとなく勝つ時があるしなんとなく負ける時もある。忌むべき勝ちも喜ばしい負けもある。もし、試合の勝敗をアスリートにとっては生き死にに例えられるとしたら、アスリートは多くの人生を、何度も何度も、そのキャリアの中で繰り返していると言える。

 いつも、心の中で血を流している。苦しみに満ちた人生を何度も生き、そして何度も死んでいる。その全てが答えであると、アスリート自身は知らず知らずのうちに、常に発見している。ただ、それだけのことであって、意味はない。

 我々は、どう生きるか。どう死ぬか。同じ人間という仲間として、考え続けようではないか。

 絶対に、人それぞれに、アスリートにとっての競争のような存在があるはずだ。夢中になれるもの。その人自身が、夢中になるに値すると決めたもの。信念。それに伴う苦しみの過程と、その結果。過程にも結果にも特段意味はないはずなのに、驚くべきことに、それらは苦しい時間をやり過ごし、振り返ると必ず存在する。そして、いつか必ず終わりが来る。

 スポーツはその縮図ではないだろうか。それを社会に分かりやすく示しているだけではないだろうか。だから、みんなスポーツに魅入ってしまう時だってあるのではないだろうか。スポーツに興味がなく、むしろ恨みに思うような人でも、ふと見かけたときに涙を流すことだって、あるかもしれない。特に理由なく、名前のない感情から溢れる涙を。

 アスリート自身が、意味の分からない涙を毎日流しているくらいなのだから。

 アスリートは精神的に優れている訳でも、崇高な存在でもなんでもない。

 非常に俗っぽい、脆く陳腐な、ただの人間だ。ただその運命に抗い、何者かになろうともがいている。

 私がこんな文を書いているのは、運命のただ中にあって、他になす術がないからだ。

 先日、パリ五輪の権利をとって初めて、私はパリに向けて走り出せた気がする。しかしそうでなかったとしても、東京の時からずっと、私はオリンピアンだったらしい。でも、オリンピアンとはなんなのか。私は四六時中、オリンピックのために生きているわけではない。私は今日走ることだけを考えていて、明日も走れるかどうかだけを考えていて、4年に一回巡り合えるかどうかという奇跡に、生きている実感を委ねたくなどない。私は、オリンピアンでなくランナーであるはずなのに。

 There is so much more to come.

 この文を読んで来る震えは、武者震いだろうか。いや、迫り来る運命に対する恐怖に慄いているのだ。

 しかし私はこの運命に、最後まで折り合いをつけるつもりは、ない!

○…5000mでパリ五輪代表に内定している田中は、27日開幕の日本選手権(新潟・デンカビッグスワンスタジアム)で同種目と800m、1500mの3種目にエントリーした。1500mは参加標準記録4分02秒50を突破し、優勝すれば代表に即時内定。優勝なら1500mは5連覇、5000mは3連覇で3年連続2冠となる。

(田中希実 / Nozomi Tanaka)

1 2 3

田中 希実

 1999年9月4日、兵庫・小野市生まれ。ランニングイベントの企画・運営をする父、市民ランナーの母に影響を受け、幼い頃から走ることが身近にある環境で育った。中学から本格的に陸上を始め、兵庫・西脇工高に進学。同志社大を経て、豊田自動織機へ。2023年4月からNew Balance所属となり、プロ転向した。東京五輪は1500メートルで日本人初の8位入賞するなど、複数種目で日本記録を保持する。趣味は読書。好きな本のジャンルは児童文学。とりわけ現実世界に不思議が入り混じった「エブリデイ・マジック」が大好物。公式インスタグラムは「@nozomi_tanaka_official

W-ANS ACADEMY
ポカリスエット ゼリー|ポカリスエット公式サイト|大塚製薬
DAZN
ABEMA
スマートコーチは、専門コーチとネットでつながり、動画の送りあいで上達を目指す新しい形のオンラインレッスンプラットフォーム
THE ANSWER的「国際女性ウィーク」
N-FADP
#青春のアザーカット
One Rugby関連記事へ
THE ANSWER 取材記者・WEBアシスタント募集