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「死んでもいいから生きたい」 走る私が抱えた究極のエゴ、その発端は享年24歳の偉人ランナー【田中希実の考えごと】

プリフォンテーン・クラシックの大会モニュメントの横で記念撮影した田中【写真:本人提供】
プリフォンテーン・クラシックの大会モニュメントの横で記念撮影した田中【写真:本人提供】

レース前日に高熱でも走りたい「死んでもいいから生きたい。そんな心境だった」

 また言うのかと思われるかもしれないが、2022年の7月はオレゴン世界陸上で3種目、どこに向かっているかが分からなくなりながらも、走りたいので走るしかない苦しみの日々があった。その日々をやり過ごした直後、私はしょうこりもなくまた泣きながらプリに挨拶に行った。

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 2023年のプリフォンテーン・クラシックはダイヤモンドリーグファイナルだったため9月に開催されたが、8月のブダペスト世界陸上を経て、2022年の怒りも悲しみも、全て受け入れ、許すことができたと思っていた。明日があるさ。生きてさえいればなんだってできる。人間一人じゃ生きていけないよ。ありのままの自分を大事にね。どこかで聞いたような言葉が、すんなりと私の中に入り、私の口から出ていくようになった。

 しかし、どんなに記録を作っても、結果を出しても、満たされない何かがあった。2022年は結果と過程についてひたすら考えていたが、2023年は、他者と自分について考え続けていた。私が陸上に取り組みながら苦しみ回ることで、むしろ身近な人が辛い思いをする。どこかで思い切り何かに取り組むこともできずに苦しんでいる多くの人々がいる。

 そんな中、私は走っていて良いのだろうか。私はなんのために走るのだろうか。ありのままの自分を表現するといっても、そもそもありのままの自分とは?

 その空虚な気持ちとは裏腹に、2022年とはかけ離れた好調でユージーンに凱旋した訳だが、レース前日に高熱が出た。まさに災厄so muchである。帰国後インフルエンザだったと分かったのだが、当時は世界中飛び回った挙句の原因不明の熱に、本当にレースを走ったら死ぬかもしれないと思った。

 プリは24歳で死んだ訳だし、私も24になったばかりだしともすれば…と熱で浮かれた頭は謎の理論まで弾き出していた。それでも、走りたいと思った。それでどれだけ人に迷惑をかけても、どんなに散々な結果でも、なんでもいいから走りたいと思った。死んでもいいから生きたい。そんな心境だった。やっとこの地に戻ってこられたのだ。

 レース当日は熱も落ち着き、そんな究極のエゴと共に走り抜くと、思いの外好タイムで終えることができた。生きていてよかったと思った。その大会の後は、初めて父も伴ってプリに会いにいった。

 先日、五輪の権利を得たプリフォンテーン・クラシックでは、とうとう初めてプリズロックを訪れなかったが、ユージーンのどこにいても、彼の視線や息吹を感じるようだった。これは、彼を慕ってやってくる全ての人が感じているものだろうと思う。

 しかし、それとともになんとも言えない哀愁がユージーン全体を覆っているように思うのは、どんなに見回してもやっぱり彼自身はそこにおらず、町も、人も、ここ50年というもの彼の残像を追い続けているに過ぎないからだろう。彼を失ったことを、この町はいまだに信じられていないようだ。

 彼の遺したプロ意識とはなんなのか、アスリートとは、人とは、生きることとはなんなのか。

 so muchな日々を綴り、とっくに読者の皆さんもso muchに感じているとは思うが、この後ますます暗く、重く、観念的な部分まで掘り下げていくので、ご用心…。

(第6回「オリンピアンとして考えたこと(後編)」は27日掲載)

○…5000mでパリ五輪代表に内定している田中は、27日開幕の日本選手権(新潟・デンカビッグスワンスタジアム)で同種目と800m、1500mの3種目にエントリーした。1500mは参加標準記録4分02秒50を突破し、優勝すれば代表に即時内定。優勝なら1500mは5連覇、5000mは3連覇で3年連続2冠となる。

(田中希実 / Nozomi Tanaka)

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田中 希実

 1999年9月4日、兵庫・小野市生まれ。ランニングイベントの企画・運営をする父、市民ランナーの母に影響を受け、幼い頃から走ることが身近にある環境で育った。中学から本格的に陸上を始め、兵庫・西脇工高に進学。同志社大を経て、豊田自動織機へ。2023年4月からNew Balance所属となり、プロ転向した。東京五輪は1500メートルで日本人初の8位入賞するなど、複数種目で日本記録を保持する。趣味は読書。好きな本のジャンルは児童文学。とりわけ現実世界に不思議が入り混じった「エブリデイ・マジック」が大好物。公式インスタグラムは「@nozomi_tanaka_official

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