「死んでもいいから生きたい」 走る私が抱えた究極のエゴ、その発端は享年24歳の偉人ランナー【田中希実の考えごと】
陸上女子中長距離の田中希実(New Balance)は複数種目で日本記録を持つトップランナーである一方、スポーツ界屈指の読書家としても知られる。達観した思考も魅力的な24歳の彼女は今、何を想い、勝負の世界を生きているのか。「THE ANSWER」では、陸上の話はもちろん、日常の出来事や感性を自らの筆で綴る特別コラム「田中希実の考えごと」を配信する。
本人執筆の連載「田中希実の考えごと」、第5回「オリンピアンとして考えたこと(前編)」
陸上女子中長距離の田中希実(New Balance)は複数種目で日本記録を持つトップランナーである一方、スポーツ界屈指の読書家としても知られる。達観した思考も魅力的な24歳の彼女は今、何を想い、勝負の世界を生きているのか。「THE ANSWER」では、陸上の話はもちろん、日常の出来事や感性を自らの筆で綴る特別コラム「田中希実の考えごと」を配信する。
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長年の日記によって培われた文章力を駆使する不定期連載。第5回は「オリンピアンとして考えたこと(前編)」をしたためた。5月に5000mの参加標準記録を突破し、パリ五輪の出場権を獲得。2021年東京五輪に続きオリンピアンになる。この3年で苦しみ、「因縁」が生まれた場所が米オレゴン州ユージーン。1975年に24歳でこの世を去った偉人ランナー「プリ」に思いを馳せ、「生きることとはなんなのか」に思考を巡らせた。本人がその脳内を前後編にわたってつづる。
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私はどうやら、どうにか、パリ五輪に出場できるようになったようだ。
日本陸連のルールとして、昨年8月のブダペスト世界陸上で入賞している選手は、すでに記録を持っていたとしても、2023年の11月以降にもう一度標準記録を切らなければ、2024年6月の日本選手権を待たずして、パリ五輪の即時内定を得られない。
日本選手権までに内定を得られる可能性があるという点ではアドバンテージであるはずなのだが、11月から翌年初夏にかけて記録をもう一度作り直すことは難しい。ただ、選手としては死に物狂いになってでも、早く決めて心身ともにゆったりと準備がしたいものである。
そして、今年5月、ダイヤモンドリーグでもある米国開催のプリフォンテーン・クラシックで昨秋以来の5000m参加標準記録突破を遂げ、ようようのていでパリ五輪の権利を得ることができたという次第である。
それで、やあよかったと手放しで喜んでそれまでの苦しみを水に流せるのなら世話はない。しつこい私は、まず因縁のプリフォンテーン・クラシックにまつわる思い出を洗いざらいぶちまけないと、気が済まない。
因縁の、というのも、私は2022年7月、オレゴン世界陸上で3種目に挑戦し打ちのめされた訳だが(以前のコラム参照)、その2か月前の5月、世界陸上と同じユージーンの陸上競技場で行われたプリフォンテーン・クラシックで、すでに打ちのめされていたのだ。
プリフォンテーンというのは人の名前で、ナイキが最初に契約した陸上選手である。当時アマチュアリズムが隆盛を誇る中現れたプリフォンテーン(愛称プリ。以降プリ)はかなり尖った選手だったが、走ることのみで自己を表現し、人々を惹きつけた。結果的に彼の生き方は、ランナーの地位確立に大きく貢献した。
生き方だけでなく、その最期も、母校オレゴン大で行われた大会で優勝した晩、飲酒運転によって大岩に激突し命を散らしたというのがまた奮っている。いまだに陸上ファンには愛されてやまない、カリスマ的存在である。彼が亡くなった場所は、記念碑と、日々ファンから捧げられる沢山の供物と共に、「プリズロック」として残されている。
私も2022年5月に初めて打ちのめされた後は、足を引きずりながら坂を登り、急カーブの先にある大岩に辿り着くなり、泣きじゃくった。プリ、私はあなたのように速くなりたい、強くなりたい!