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世界的スターの一言から始まった松本山雅の奇跡 本格始動直前、水面下で動いた長野との合併話

ともに山雅クラブでプレーしていた高橋耕司(左)と小林克也の両氏。当時は「とてもJリーグを目指せる状況ではなかった」と口を揃える【写真:宇都宮徹壱】
ともに山雅クラブでプレーしていた高橋耕司(左)と小林克也の両氏。当時は「とてもJリーグを目指せる状況ではなかった」と口を揃える【写真:宇都宮徹壱】

もしも松本と長野の合併が実現していたら…

 かくして2004年の晩秋、ASPという運営組織が立ち上がり、山雅クラブは松本山雅FCとして長野県初のJクラブを目指すこととなる。しかしその前段として、実は長野との合併を模索する話し合いがあったことが、今回の取材で明らかになった。大月は語る。

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「2004年の4月だったと思うんですが、長野の関係者と話し合いの場があったんです。『オール長野』で一緒になったほうが、ファンも資金も集めやすいだろうということで、双方で持ち帰ることになったんです。そうしたら山雅クラブの関係者から『とんでもない!』と(笑)。それで長野側に電話したら、向こうも同じことを言われたそうです」

 松本がASPを立ち上げた翌年の2005年、長野は「アスレ長野」という運営団体を立ち上げる。八木は長野の関係者から「ウチはこれでいきます」と、組織図を見せられたという。そこには、長野市の前市長と現市長(いずれも当時)、県サッカー協会、地元TV局4社、信濃毎日新聞、ほか地元優良企業の名前がずらりと並んでいた。

「これは長野冬季五輪誘致の時の座組だな」と八木は直感したという。そして、こう続ける。

「当時チェアマンだった鬼武(健二)さんをお招きしたシンポジウムで、組織図を見せていただいた方がいらしたので、こう申し上げたんです。『すごいメンバーを集めてのトップダウンですね。ウチは小さい中小企業さんやファンの皆さんによるボトムアップでいきます』って」

 確かに冬季五輪のようなビッグイベントを招致するなら、政財界やメディアを組み入れることは有効だろう。しかし、Jクラブに求められるのはサスティナブルな活動であり、自発的なボトムアップのほうが親和性は高い。そうした初期設定に間違いがなかったからこそ、その後の松本はコンスタントにアルウィンのスタンドを埋めることができたのだろう。

 アマチュアの山雅クラブが、Jリーグを目指す松本山雅FCへと生まれ変わる契機となったASPは、2010年に設立された株式会社松本山雅にクラブ運営を継承後、松本山雅スポーツクラブに名称変更して現在も活動を継続。そして2012年、クラブは宿願だったJリーグ入りを果たすこととなる。そんな中、山雅クラブのOBたちがずっと心配していたことがあったという。

「それは『山雅』の名前が残るか、ですよ。それまでJリーグには、漢字のクラブ名ってなかったじゃないですか」(小林)

「先輩に言われたのは『もしカタカナになっても、山雅のYだけは残すように』と。横浜F・マリノスのFみたいな感じですね」(高橋)

 幸いにして、彼らの懸念は杞憂に終わった。だが、それ以上に安堵すべきは、松本と長野が1つのクラブにならなかったことである。

 もしも「ファンも資金も集めやすい」という理由だけで両者が合併していたら、あの素晴らしい信州ダービーの光景を、私たちは目にすることはなかったはずだ。合併話に大反対した両クラブの関係者には、心からの感謝を申し上げたい。(文中敬称略)

(宇都宮 徹壱 / Tetsuichi Utsunomiya)

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宇都宮 徹壱

1966年生まれ。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」を追う取材活動を展開する。W杯取材は98年フランス大会から継続中。2009年度ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞した『フットボールの犬 欧羅巴1999-2009』(東邦出版)のほか、『サッカーおくのほそ道 Jリーグを目指すクラブ 目指さないクラブ』(カンゼン)、『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)など著書多数。17年から『宇都宮徹壱WM(ウェブマガジン)』を配信している。

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