走り続ける理由がほしい 私が文章で表現する世界陸上の虚しさ「だから涙が出たのだ」【田中希実の考えごと】
陸上女子中長距離の田中希実(豊田自動織機)は複数種目で日本記録を持つトップランナーである一方、スポーツ界屈指の読書家としても知られる。達観した思考も魅力的な23歳の彼女は今、何を想い、勝負の世界を生きているのか。「THE ANSWER」では、陸上の話はもちろん、日常の出来事や感性を自らの筆で綴る特別コラム「田中希実の考えごと」を配信する。
本人執筆の連載「田中希実の考えごと」、第2回「世界陸上で出た涙の正体~3種目挑戦の全貌~(後編)」
陸上女子中長距離の田中希実(豊田自動織機)は複数種目で日本記録を持つトップランナーである一方、スポーツ界屈指の読書家としても知られる。達観した思考も魅力的な23歳の彼女は今、何を想い、勝負の世界を生きているのか。「THE ANSWER」では、陸上の話はもちろん、日常の出来事や感性を自らの筆で綴る特別コラム「田中希実の考えごと」を配信する。
【注目】育成とその先の未来へ 野球少年・少女、保護者や指導者が知りたい現場の今を発信、野球育成解決サイト「First Pitch」はこちら
長年の日記によって培われた文章力を駆使する不定期連載。17日の配信に続く第2回は「世界陸上で出た涙の正体~3種目挑戦の全貌~(後編)」をしたためた。7月のオレゴン世界陸上は800メートル、1500メートル、5000メートルで9日間5レースに出場。日本人初となる異例の3種目挑戦だったが、結果は振るわず大粒の涙を流した。当時、「何の涙かわからない」と漏らして5か月。本人がその全貌を前後編にわたってつづる。
◇ ◇ ◇
大会7日目の800m予選は、アップの100mで15秒を切れないくらい体が動かなかった。しかし、そのペースで800mを走り続けなければならない。
でも逆に、いい意味で開き直って走り出せたかもしれない。招集場でも、800mでは初めて見る顔ばかり。新参者だし100mのスピードゼロだし、もう自分にできることをするしかない。
最初の200mで置いていかれるのはいつものこと。焦って引っ張られすぎずに、でもせっかく一緒に走れるんだから力を引き出してもらうように、できるだけ速く。この兼ね合いが難しいのだから、そこに集中しようと思った。
するとなんと、1周目は初めて60秒を切って入ることができた。2周目は恐らく前日までの疲労があって失速し、予選落ちした。2分3秒台でまとめられたのは5000mまで取り組んできたスタミナのおかげだと胸を張れるし、1周目を通過してからラスト300mにかけて溜めを作れなかったのは、800mにおける経験不足も大きい。やっぱり800mは奥が深いと、参加してよかったと言いたかった。
それなのに……やりきれなさは募る一方だった。いくら落ちてもともとでも、実際に落ちてさえ開き直れるほど安易に取り組んできた訳じゃない。翌日に800mの準決勝が入らなかったのは、あまりに疲弊していたので、むしろ良かったという側面もあるが、それでは本末転倒だ。
走りまくって疲れただけで、自分は一体何がしたいんだろう……そう囁く気持ちは、また押し込めた。ここまできたら、足を止めるわけにはいかない。結果を求めなければ過程は生まれないわけだし、5000mで入賞すれば、来年の世界陸上の選考には有利になる。
9日目の5000m決勝前は、祈りに似た気持ちだった。ただ、結果を神頼みにしているわけではない。結果が出なくても、全力を尽くす。そうすることで走った意味が見出せ、救われるかもしれないと自分に言い聞かせた。
走り出すとジョギングペースで、世界トップレベルの選手たちとファンランをしているような気分になってきた。しかし、案の定ペースは急に上がり、ボロ雑巾のように捨て去られるしかなかった。序盤で前に出たところでいいペースメーカーにしかならなかっただろうし、兎にも角にも実力不足。
今、最下位かもしれない。そんな投げやりな思いでボロ雑巾らしく走っていたら、なんだか申し訳なくなってきた。前の選手たちも、振り切られたのにあんなに食い下がろうと必死だ。自分も、走る意味を探し続けないと。まず前の選手を追うことが、今走っている意味。1人抜いたところで何にもならなかったとしても。
世界陸上が終わった後、訳の分からない涙が止まらなかった。虚しい。寂しい。がむしゃらな自分はなんだったのか。