なぜ、柔道・大野将平は言葉まで強いのか 他競技の選手すら心が震えた東京五輪の名言
自ら思う、言葉が強い2つの理由「経験と、自分自身との対話」
東京五輪の閉幕を迎えるタイミングで、小平は自身のツイッターに「自分は何者であるかを――」の発言を引用。「この大野将平選手の言葉が印象に残っています。様々な想いの中、試される舞台に立った選手たちの勇姿に心震えました」と発信した。
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また、大野と同じように五輪連覇を目指す今シーズンの開幕前の会見で「大野選手の言葉を聞いて、それを表現する舞台が4年に一度の五輪なんだと感じた。その舞台でしっかりと自分は何者なのかを証明し切った姿が輝いて見えた」というコメントを残している。
直接の面識はないというが、大野も「小平さんのように金メダルを獲られて、トップ中のトップである方にシンクロしていただけるのは凄く光栄なことだし、驚きました。同じようなレベルで互いに刺激し合えることを非常に誇りに思います」と言う。
他競技のトップアスリートが感銘を受けるほど、なぜ大野の言葉は強いのか。自ら思う理由は2つ。
「経験と、自分自身との対話ですよね」
故郷・山口で7歳から始めた柔道。強かった兄と比べられ、負けて泣いてばかりだった幼少期。中学入学と同時に上京し、門を叩いた柔道界の虎の穴、講道学舎でしごかれて頭角を現し、世田谷学園高(東京)時代に全国クラスに。
大外刈りと内股を武器に、天理大3、4年でグランドスラム大会、世界選手権初優勝を果たし、24歳で挑んだリオ五輪で金メダル獲得以降は連戦連勝。世界が大野崩しを狙う、孤高の王者の道を歩んだ「経験」は過去に語られてきた。
興味深いのは「自分自身との対話」である。
「一瞬一瞬に自分自身に疑問を持つといいますか、日常的に自問自答するということを非常に大切にします。例えば、今日の稽古は妥協をしなかったか、もっとやれなかったのか。自分に問いを投げかけ、そういうことを当たり前にやってきました」
敵は我にあり。大野は自分を誰よりも疑い、律し、思考を深めた。その深さが、言葉の重さに滲み出た。自らがインタビュイー(インタビューを受ける側)になる取材も、思考を整理するために欠かせない一つの作業という。
「人に伝えることで、その容量をきゅっと絞めて、またインプットし直せる。それで自分の中の引き出しにしまっておく。そんなイメージです。だから、取材は何かを喋るという感じではなく、自分自身で整理する機会にさせてもらっています」
もともと、人前で喋ることを得意・不得意で考えたことはない。ただ一つ、意識しているのは「自然体でいること」だ。