Jクラブが世界を目指す意義 「幻のレアル挑戦」が生み出した史上最高のサッカー
ターニングポイントになったライバル鹿島を破った一戦
しかし、2001年4月のJ1ファーストステージ第4節、東京・国立競技場で行われた鹿島戦で、遂に会心のパフォーマンスが実現する。
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「磐田の歴史の中でも、最も攻守のバランスが取れた試合でした。スコアは2-1でしたが、これなら鹿島も何もできなかった、と言うはずの内容でした」
名波は、それからの5試合がクラブ史上でも最高のパフォーマンスだったと振り返る。
だが残念ながら、7月に敵地へ乗り込みレアルに挑戦するはずの世界クラブ選手権は、土壇場で中止になった。選手たちは精神的なショックを隠せず、セカンドステージを制した鹿島にチャンピオンシップで敗れ、ほぼ手中にしかけた国内タイトルも逃してしまった。
「今でもジュビロが歴史上で最も素晴らしかったのは2001年だったと思います」
それは鈴木監督のみならず、ライバルチームの関係者たちも認めている。
レアルへの挑戦は、磐田にとって破格のモチベーションになり成長を促した。翌2002年は、逆にプライドにかけて史上初めての2ステージ完全制覇を成し遂げるのだった。
今年、10年ぶりにクラブワールドカップの舞台に立った浦和レッズのレアル挑戦は、大会初戦でアルジャジーラ(UAE)に0-1で敗れたことで目前で消滅した。しかしアジアを制し、大きなチャレンジに立ち向かおうとしたプロセスは、何ものにも代え難い効果的な強化につながったはずである。
【了】
加部究●文 text by Kiwamu Kabe
(加部 究 / Kiwamu Kabe)