劇団四季→独立リーグ 高校野球未経験、異色の140km右腕は「演劇と野球の懸け橋に」
巨人の入団テスト受験を決意した、7~8年ぶりのキャッチボール
劇団四季からフリーに転身後の2017年春。6月公演に向けた稽古の合間に、先輩俳優からキャッチボールに誘われた。ボールを投じるのも7、8年ぶり。しかも初めての硬式球だった。高校時代は強豪校の捕手だった先輩に向けて投球。思った以上に肌に合っている感じがしたという。
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「普通のキャッチボールだったんですけど、先輩が『こんなに球筋のいい球は滅多にない』と褒めてくれたんです。野球で褒められたのは久しぶりの感覚。もう少し練習してみようと思って、稽古が終わったら毎日キャッチボールしていましたね」
投球に興じる日々の中で、野球を愛せていない自分と向き合いたくなった。「野球を100%愛せるように、全力でやって燃え尽きたい」。そんな時、たまたま3か月後に巨人が入団テストを実施するという知らせを目にした。合否にはこだわらず、入団テストに向かって全力でトレーニングに打ち込む決心をした。
1次テストの合格基準は「50メートル走6秒3以内、遠投95メートル以上」と定められていたが、トレーニングを始めた当初は50メートル走8秒5、遠投は80メートルに満たなかった。絶望的にも思えたが、野球と向き合う気持ちから逃げなかった。
毎晩必ず5キロのランニング、自宅近くの公園で約3時間の投げ込み、その日の限界が来るまで100メートルの全力疾走を繰り返すという猛練習を続けた。6月の舞台が終わってからはアルバイトをしながら、整骨院で針治療を受けるなどケアにも努めた。
猛練習の甲斐あり、巨人の入団テストは1次テストを見事突破。2次で不合格になったものの、その後に受験した徳島のテストで入団を勝ち取った。「野球とミュージカルの懸け橋になる」。新たな夢ができた瞬間だった。
投手として、最速は「未知の世界」と感じていた140キロを計測するまでに成長したが、ブランクを埋めることに焦って右腕を故障。経歴に注目されるプレッシャーとも戦う日々だった。公式戦のマウンドに上がることは叶わず、金銭面など様々な負担から1シーズンで退団となったが、ミュージカル時代のファンが球場に足を運んでくれるなど、少なからず「野球とミュージカルの懸け橋」につなげられたことはうれしかった。何より、「野球を100%愛せるようになる」という目標が達成できたことに満足できた。