ロンドン五輪準決勝で負けた夜 ミスした扇原貴宏の部屋を大津祐樹がノックした
快進撃を見せた日本、しかし…準決勝の夜、扇原の部屋を大津がノックした
すると、関塚隆監督率いる若き日本代表は快進撃を見せる。
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初戦で優勝候補のスペインを1対0で撃破。扇原の左CKを大津が身体を投げ出して決めたゴールが決勝点となった。大津が「あの勝利で勢いに乗ることができた」と手応えを語ったように、これで戦前の狙い通り世論を味方につけることにも成功し、チームは波に乗っていく。
続くモロッコ戦も1対0で勝利し、グループリーグを2勝1分けの無敗で突破する。決勝トーナメントに進み、準々決勝でもエジプトに3対0で快勝。44年ぶりのメダル獲得への機運が高まり、最高の状態でメキシコとの準決勝に臨んだ。
メキシコとは大会前に練習試合を行い、2対1で日本が勝利していた。体格的なハンディキャップもなく、それまでの戦いぶりや流れからも十分に勝機のある相手だった。
前半12分、大津が豪快なミドルシュートを決めて日本が先制に成功する。トラップからシュートまでの一連の流れに迷いがなく、まるで矢のようなシュートがゴール右上に突き刺さった。
その後、セットプレーから失点。そして1対1で迎えた後半20分、忘れられないワンプレーが起きてしまう。
GK権田修一からのスローインを自陣で受けた扇原は、相手のプレッシャーをかわすために反転。しかし、次の瞬間にボールを奪われ、ミドルシュートから逆転弾を許してしまう。
あの感触、光景は扇原の中にしっかり残っていた。
「自分がミスをしてボールを奪われて、えげつないシュートを決められてしまって……。一瞬、時が止まりました。本当に頭が真っ白になりました。でも残り時間はあったので、どうにかしないといけないと思って頑張ったんですが……」
後半アディショナルタイムにも失点した日本は、善戦及ばず1対3で敗れた。
扇原の記憶には続きがある。
メキシコに敗れた夜のこと。選手村に戻って宿舎の部屋にいると、ある選手が訪ねてきた。
大津だった。
「ミスをした自分に、最初に声をかけてくれたのが大津くんでした。わざわざ僕の部屋まで来てくれて、責任を感じないように話をしてくれました。人のために何かができる人なんだなと感じたし、された方はしっかり覚えています。めちゃくちゃ責任を感じていたけれど、僕は大津くんに救われました」
それまでの扇原がハイパフォーマンスを見せていたからこそ、大津は部屋のドアをノックした。「たった一度のミスですべてが帳消しになることはない」。そんな思いが自らを突き動かしたのだという。
苦い経験は年月を経て、歓喜の瞬間を掴み取るために生かされた。