泣いていたシャイな錦織も変わった 松岡修造が語る「失敗OK」のジュニア指導論
錦織を変わらせた方法は「超緊張する状況を敢えて作った」
錦織圭という唯一無二の才能との出会い。輝くようなテニスセンスと、自己主張しないシャイな性格。松岡氏は敢えて、後者の課題と積極的に向き合わせるように仕向けた。
「誰でも嫌だけど、超緊張する状況を敢えて作り、できない中でどうやって切り抜けるか、ということを目的として『英語で今から自分の思いをスピーチしなさい』と選手一人一人に告げる。名前までは言えるけど、そこから出てこなくなる。当然です。小学生ですから英語が分かるわけがない。でも、僕らは英語を上手に話すことを求めているのではないのです。黙っていては何も始まらないし、進まない。そこで終わってしまう。『I like tennis』、それだけでも言えれば一歩前に進むことができる。それでOKなんです。錦織選手も泣きながら頑張っていましたよ。それは当時の圭にとって、すごく必要なことだと僕は感じていました」
13歳で盛田テニスファンドのサポートでIMGアカデミーにテニス留学が決まった時、錦織は松岡氏のもとを訪れ、「僕は海外に行って表現力を絶対強くしてきます」と言ったという。「それは一つの覚悟。だから、今のインタビューや優勝スピーチで喋っている圭の姿を見ると、僕にとって一番幸せな時間。テニスで勝ったことより、彼が堂々と自分の意見を言えることが人は変われるんだという一番の結果を示していると思う」と目尻を下げた。
その後の活躍はご承知の通り。ただ、スポーツ指導者にとって、感情表現が上手でない子の闘志を引き出すのは、技術を伸ばす以上に難しい。どうすれば、錦織のようにシャイな子供は変わるのか。
「『松岡修造みたいになれ』という表現は必要ない。これは僕の個性だから。『大きな声を出せ』『仕草を大きくして』、これも要らない。しっかりと自分の意見が言えるかどうか。その部分がない限り、どこか人任せになる。特に、テニスで自分で掴みたい夢があれば、自分から行動して表現し、相手に伝えない限りは叶わない。欧米は特にそうさせている。『コーチの言うことさえ聞いていればなんとかなる』『言われたことをしていればいい』という意識は、昔ながらの体育から確立されたシステムだと僕は感じています。
何が大事かというと、失敗してもOKなんだと気づかせること。日本人は何でも正確にやらないと、英語も正しく言わないといけないイメージを持つ。そんなことより、とにかく行動に移して一所懸命、前向きに思いを伝えれば返ってくることを当時の圭も感じてくれた。シャイな性格自体は変わらなくても、自分の意見を言うことは悪いことじゃないと気づいてくれた。それは言葉だけで伝えるのでは難しい。行動を伴って嫌な思いをして失敗し、抜け出す方法を自分で見つけない限りは変われないんです」
とはいえ、日本の教育システムにおいて、他の人と違う意見を持つことが難しい現実がある。松岡氏はそんな子供たちに、どんな声かけを意識しているのか。「それぞれ選手によって違います」と前置きした上で持論を語る。
「まず、その子が置かれている環境。例えば、家族構成、家庭環境、いじめを受けてないか、そういうすべての情報は必要です。子供たちが置かれている状況によって、かける言葉は違います。そこは細心の注意を心掛けています。だからこそ『修造チャレンジジュニアキャンプ』は20年間、同じスタッフで運営しています。長年の経験を生かし、それぞれの専門分野の先生やコーチ陣で話し合いながら、その子に合った叱咤激励をスタッフみんなでしていくことを一番に心掛けています。置かれている状況によっては子供たちの捉え方もそれぞれ。『本人に何かを言う=責められる感覚』になってしまうこともある。そういう時は2人で話し合うし、敢えてみんなの前で叱った方がいい時もある。その上でポイントは、最終的には子供たち自身に自信を持たせてあげること。それは感情論じゃ難しい。『必ず、できる』『自分を信じろ』という言葉だけじゃ変わりっこない。感情論ではなく、どうやってやるのか、その方法論をその子が理解しないといけないのです。
どうしたら自分は目標に近づけるという道筋が見えた時、頑張ろうという思いになれる。それを一緒に探してあげること。そして、それを子供が自分で見つけられるように導いていくのが、僕らの役目なのです。質問の答えは必ず子供たちが持っています。子供たちからの質問に即答することはできます。でも、まずは自分たちに考えさせる。『どうしてそう思ったの?』『どうしてそれをしたの?』と子供たちに質問していくと、明確な答えが本人の心の中から出てくる。具体的にやるから頑張れる、気持ちだけで一所懸命やるというのは“正しい一所懸命”じゃない。質がいい“正しい一所懸命”を導いてあげることが僕らの役割じゃないか。どちらが偉いとか関係ない。一緒に尊敬し合った中でチームを組んでいくのが、今の時代。それができるベース作りをジュニア合宿でやっています」