「日本にも負けないはず」 西野朗を招聘したタイの英雄、母国サッカー発展への確信
ストリートで育つタイの選手「足技は上手いし、状況判断も悪くない」
当時ドイツでプレーするアジアの選手は4人。ヴィタヤ氏と奥寺康彦氏、尾崎加寿夫氏、それにチャ・ボングン氏(韓国)だった。
「奥寺さんの家には、よく遊びに行って、奥さんには日本料理をご馳走してもらった」
さらにドイツでの契約を終えても、再度来日し松下電器でプレーし、チームがガンバ大阪に変わってもコーチとして監督時代の釜本氏を支えた。こうして日本と深い関わりを築いてきたことを思えば、タイ代表に日本人監督を招聘しようと動くのも自然な流れだったに違いない。
ヴィタヤ氏は、鳥取の監督時代に語っていた。
「代表クラスにバンコク出身の選手はいない。みんな田舎のストリートサッカーやセパタクローを裸足のまま楽しんできた選手ばかり。だから足技は上手いし、状況判断も悪くない。組織と育成がしっかりすれば、決して日本にも負けないはずなのに」
実際日本とタイ両国の対戦の歴史を辿れば、日本は1984年ロサンゼルス五輪予選で2-5と大敗を喫している。Jリーグが開幕しても、草創期にあまり楽に勝てた試合はなかった。
(加部 究 / Kiwamu Kabe)