元オリンピック選手が保育園児に教える 異色の“幼児スポーツ教育”挑戦のワケ
幼児教育におけるかけっこの良さ「頭を使いながら体を使う」
――古澤先生は実際に伊藤さんの指導を見て、どんな印象でしたか。
古澤「一番は待つ時間がなかったことです。子どもが一番退屈するのが待つ時間なんです。私たちは保育の中でも、なるべく待つ時間をなくしていこう、待ったとしても楽しんで待てるようにしようという環境を作っているんですが、『次、これやるよ』『はい、よーいスタート』とテンポのいい声かけで進んでいった。集団で同じことをやる時、誰かしら(気持ちが)抜けるんです、やりたくないと。そういう子がおらず、全員が楽しんで意欲的に参加していたのが印象的でした」
丸山「伊藤さんも指導する上で、そういった点を意識されているんですか?」
伊藤「学校の体育では先生が指示を出している時間と、子どもが動いている時間のバランスの問題はよく言われていること。学ぶ意欲が高い子は一生懸命に聞くけど、早く動かしてくれという子どもも結構いて、バランスを取ることが重要と日頃から思っています。今回やった中で自分なりにチャレンジして上手くいった部分、いかなかった部分がありました。子どもを動かしすぎてポイントが伝わらなかったり、伝えようとすると説明が長くなったり、その辺はもう少し学びながらやらないといけないと思います」
――今回はスポーツのプロジェクトに取り組んでいますが、幼児教育におけるスポーツのメリットは何が大きいのでしょうか。
古沢「一番は動くという体験ができて、子どもが生き生きするということ。あとは今回のプロジェクトから見ると、友達への思いやりが育まれた瞬間がたくさんありました。友達が転んだら助けたり、チームを応援したり、園を越えて仲良くなることで『〇〇ちゃん、久しぶり』という交流が生まれ、友達関係も増えました。人見知りが減り、小学校にスムーズに行けた子が多かったです。毎年、小学校が不安になる子がいるけど、そういう関わりの中で初めてのことに抵抗が減ったことは大きな変化だと思います」
丸山「小学3~4年生になると『プロスポーツ選手になりたい』という子が2~3割いるんです。今回のプロジェクトでいえば、憧れの対象は芸能人、歌手もあるけど、スポーツ選手も子どもたちにインプットされ、そういう人からきっかけを与えてもらい、その道を目指したい欲求が明確に表れるから熱中してもらえる。それをいい方向に使い、この試合で負けたくない、上手くなりたいという気持ちを生ませ、仲間と協力することで達成されると示してあげることが大事ではないかと。
個人においても、求めるのはズルをして勝つことじゃない。例えば、かけっこなら正しく工夫をして、技術的な改善をすると、前の自分より速くなれる。憧れというきっかけから、身体活動を伴いながら個々の成長につなげていくことが僕らの価値かなと。勉強でもテストの点数を競うこともあるけど、スポーツは瞬間、瞬間にわかりやすく競争が生まれる。隣の人より速く走りたい、今日より明日の自分に期待したい。そういう特性は凄く活用すべきものと感じます」
伊藤「自分もスポーツだから良いという点はいくつかあると思います。今回でいえば、その世界で優れている人が実際に動いてみせると違うというのが伝わるはず。僕ら陸上選手で言うと、走るスピード。そのわかりやすさがある。加えて、かけっこは“頭を使いながら体を使う”というのがいいんじゃないか。勉強してテストの点数を取るのは一つの自信になりますが、頭を使いながら体を使ってうまくできたという経験は、勉強よりインパクトが強いと思っていて“考えながら運動する”という良さを感じます。
もう一つ、かけっこには自分の成長を実感できる指標がたくさんあります。最もわかりやすいのはタイムが縮むこと。小学生になれば、50メートル走を全国で計るし、今回授業に取り入れたように、けんけん、スキップで10メートルを計ることでもいい。定量化できるものがたくさんあり、それが縮むことで成長を実感できる。一方で定性的な点はフォームが綺麗になったなどの声かけができる。子どもがより成長を実感できるような仕組みを考え、うまく設計できることがスポーツの良さじゃないかと思います」