「先生、男子と稽古やらせて下さい」 渡名喜風南、恩師が語る高校時代のブレない秘話
ワンワン涙した世界選手権の記憶「もっと心を裸にして全部出せば」
すでに3年生の秋深くに差し掛かっていた。進路を心配した大森監督は、渡名喜を呼び出すと、「今から変えてもいいんだよ」と聞いた。
だが、渡名喜は動じなかった。
「『監督でやるわけじゃないんです。自分がやるだけなんで、どこいっても一緒です』ぐらいのことを彼女が言って。やっぱり、この子、たいしたものだなっていう思いはありました」
高校時代は学生寮ではなく、民間寮で1人暮らし。畳を離れれば、家族や仲間も近くにおらず、心細さも募る環境だった。「絶対さみしいと思う。でも、彼女の場合、それを出したことない。あの子が1人でそういう生活しているって誰も気づかないくらいだったんじゃないか」
もともと感情をあまり表に出さず、心の中で闘志を燃やすタイプ。試合ではそれが強みである反面、不器用に映ることもあった。
社会人になって母校を訪れたまな弟子とのエピソードを大森監督は思い出す。
「1回世界選手権で負けて帰ってきたときかな。あまりにも素を出さないから、『もっと心を裸にして全部出せば』っていう話をしたことがある。そのとき、感情を出して、ワンワン涙した。初めてでしたね、あんなに。たぶん、自分で表情にも出さないし、感情にも出さないけど、いろいろ秘めているものがあるんだなと思いましたね。ものすごくいい子ですよ、勝負師として」
指導をする上で大森監督のモットーは「恥をかくことを怖がらない」。恩師との関わりの中で柔道家としても、人としても、ひと回り成長した渡名喜は黙々と努力を続け、ついに五輪のメダルをたぐり寄せた。
(THE ANSWER編集部)