女子選手の指導に悩む男性コーチ問題 名将・佐々木則夫は「カッコつけない」を貫いた
就任当初、娘から一つだけ言われたアドバイス「カッコつけない方がいいよ」
女子選手の本格的な指導は、06年のなでしこジャパンのコーチとU-17日本代表の監督から。
ただ、サッカーをやっていた娘が在籍する高校の女子サッカー部で数日間、指導した経験があった。代表からオファーがあった時、家族に相談すると、娘から「意外に女子相手は大丈夫かもしれないね。高校の時、裏で人気あったよ」という言葉とともに、後押しされたという。
しかし、一つだけアドバイスされたことがある。それが「カッコつけない方がいいよ」だった。
「監督と選手」「大人と子供」という関係性に「男性と女性」が加わる。ともすれば“上から目線”になり、両者の関係において、距離が生まれることもある。だから「カッコつけない」という娘の助言は、真理を突いていたのかもしれない。佐々木氏は「鎧を着て『なんとかしてやろう』なんて思わないこと」と実感を込める。
「逆に弱みを見せ、こういうところに弱さがあると知らせてあげるといい。その方が指導者のキャラクターが分かりやすくなるから。調子が良い時、悪い時、気分が乗らない時で、あれこれ口を出すというのが一番良くないので、このラインを出たら言うと一定にして決めておく。『ノリさんはそういうの嫌うよ』と誰もが分かりやすいように。
指導者が選手に対して、一方的にならないことも大切。どちらかというと、選手の言うことに聞き耳を立てながら、もちろん、すべてを一つ一つ聞いていたら大変になってしまうので、彼女らの声の中からチームにとってポイントになるものは、しっかりと聞くようにしていた。自然体でいて、分かりやすくものを言うのも大切なことでしょう」
時には弱みを見せ、心を開き、フラットな関係を築く。それが、佐々木流のコミュニケーションスタイルだった。
実際、インタビューの最中、「私はあまり難しいことは言えないタイプなので」とサラリと言った。それどころか、「一律で名字に呼ぶようにするなど、呼び名で工夫していることはあるか」と問うと、バツが悪そうな表情で「私はそんな繊細じゃない」と笑い、こんなエピソードを明かした。
「名前を間違えてしまうくらい。試合中、遠征に連れてきてない選手の名前を呼んで『交代だ!』と言って『今回は呼んでませんよ』と突っ込まれたり。もちろん、間違ったらいけないというのは当たり前。だけど、私の場合は『私の下の名前、分からないでしょ?』と選手からよく言われたくらいだったので」
ここでフォーカスすべきのは、監督のミスも変に隠すことはなく、選手は遠慮なく突っ込める信頼感と空気感があるということ。もちろん、間違いがないに越したことはないが、ミスがない人間もいない。そんな時、間違っていないような顔をする指導者もいれば、選手が忖度して聞かなかった振りでやり過ごすこともあるだろう。
「細かいことについては『ノリさんじゃ、しょうがないよ』と思っていた。代表のコーチ時代から、そんな調子ですごくフランクな関係だったので、監督になった時は『あんな相談していて大丈夫だったかな』と選手たちは思ったかもしれないね(笑)」
確かに「カッコつけない」を貫き、飾らない親しみやすさ。なでしこの選手たちが呼んでいたように、世代を超えて「ノリさん」と思わず声をかけたくなるような雰囲気が佐々木氏にはある。しかし、だ。
言うまでもないが、フランクだったのは人と人のコミュニケーションの部分。勝負事になると、鬼になった。