頭上に浮かぶ「?」は成長の合図 元バスケ日本代表が東北で育む「子供の考える力」
子供たちの活気に満ちた笑い声が響いた。真新しい体育館。窓からこぼれる日差しに照らされ、館内が山吹色に輝く。夢中になって走り回る19人の児童。ダム、ダム、ダム、ダム……。バスケットボールをつく無数のドリブル音が、“楽しい”を目いっぱい表現していた。
元バスケ日本代表・渡邉拓馬氏が「東北『夢』応援プログラム」で小学生19人を直接指導
子供たちの活気に満ちた笑い声が響いた。真新しい体育館。窓からこぼれる日差しに照らされ、館内が山吹色に輝く。夢中になって走り回る19人の児童。ダム、ダム、ダム、ダム……。バスケットボールをつく無数のドリブル音が、“楽しい”を目いっぱい表現していた。
「どこにいってもそうなんですけど、子供の反応が全てだと思っています。ワーワー、キャーキャー、楽しみながらやれた。僕もそういう雰囲気にさせたいと思ってやっているので、その中でも何か一つ感じてくれるものがあればいいなと。自分の狙いとしては今日もできたかなと思います」
目を細めて子供たちを見つめていたのは、バスケットボールの元日本代表・渡邉拓馬氏だった。様々な競技の指導を受ける機会を与える「東北『夢』応援プログラム」のバスケットボール編が19日に福島・南相馬市内の上真野小で行われた。福島出身の渡邉氏は、Bリーグ・アルバルク東京など日本のバスケ界の第一線で活躍。3人制バスケ「3×3(スリー・エックス・スリー)」でプレーを続ける名シューターが「鹿島ミニバスケットボールスポーツ少年団」の選手に直接指導した。小学2年から6年の男子19人が参加。1年間にわたる長期指導の始まりだ。
公益財団法人「東日本大震災復興支援財団」の協力により、アスリートなどからスポーツ指導機会を提供する同プログラム。子供たちの様々な夢と目標の達成をサポートしていく。水泳、陸上、ラグビーなど多岐にわたる競技があり、バスケットボール編で指導役の「夢応援マイスター」として登場したのが渡邉氏だった。
子供たちがそれぞれ掲げる1年後の目標に対し、遠隔指導ツールでサポート。子供たちとの交流を1日限りで終えるのではなく、離れた場所でも動画やメッセージを通じて継続したプライベートレッスンが受けられるという画期的な試みだ。
整列して待つ子供たち。司会の呼び込みで登場した渡邉氏をキラキラした目で見つめた。「みんなにバスケットの楽しさと魅力を知ってもらって、バスケに限らず、お父さん、お母さんとの生活に役立ててもらえれば。ポイントは自分で考えてやること。普段はコーチから言われたりするけど、人に言われてやるのではなく、自分で考えることからやってほしいです。きつい練習はないので、楽しくやってもらいたいなと思います」。渡邉氏の挨拶でクリニックがスタート。19人はボールを取りに勢いよく走り出した。
最初は鬼ごっこだ。体育館の床に書かれたライン上のみでドリブルし、3人の鬼が追いかける。鬼もライン上でしか走ることができない。普段はやらない方法のウォーミングアップに必死になった。時間の経過とともに鬼の数も増やされる。あっという間に5分が経つと、次はドリブルをする選手は利き手と逆の手でしかドリブルができないという制限をつけられた。
子供を飽きさせない、約1時間半で20個近い練習メニューは常に試合を想定したもの
次は2人一組で対面に立ち、パスを出し合う。両手で、左右交互で、片足立ちでなどとこまめにルールを付け加えていった。この時、渡邉氏は「手の平ではなく、指先でボールを使うように」と指示。子供たちのいないところで意図を明かしてくれた。
「まだボールを扱えていない子もいた。手の平はバスケットに使わないんです。やっぱり勘違いしてしまっている子もいる。本当に指先の感覚は大事なので、それを幼い時から感じてほしい。基礎と感覚ですね。この年代の子供に言って伝わるかどうかは個人差がありますけど、何かのタイミングで思い出してくれればいいなという思いがあります」
時折、笛を鳴らし「なんで片手でやるかわかる?」などと質問を投げかける。子供たちの頭上に「?」が浮かんだ。渡邉氏はひと呼吸を置くと、「両手だとボールを取れる範囲が狭い。片手なら遠くまで届きます。試合中にチームでパス回しをしてもうまく回るよね」と説明。頭を使いながらプレーする選手たちに優しく声をかけ続けた。
「時間を見る習慣をつけましょう!」
「試合と一緒だよ!」
「鬼ごっこの練習じゃなくて、試合の練習だよ」
「この練習はバスケ(の試合)だったら何?」
「攻守の切り替えを速くする意識をいつも持つこと。タッチされて『ああ、ダメだった』ではなく、すぐに自分がタッチしに行く」
子供に質問を投げかけ、自分で考えさせる。時には答えを教えた。数分おきに練習メニューを変え、子供を飽きさせない。常に試合の動きを想定して作られた練習。休憩時間を含めた約1時間半のクリニックで20個近いメニューを経験させた。
渡邉氏が次の練習のルールを説明し始めると、19人の目は興味津々。最初はちょっぴりよそよそしかったが、身長188センチの元日本代表を柱にするように囲み、顔を見上げた。決してきつい練習ではないものの、いつの間にか汗だくの子供たち。まさしく無我夢中だった。
終盤、子供たちお待ちかねのミニゲームの時間が来た。しかし、2つのゴールが90度の位置にある変則的なルール。両チームともどちらのゴールにシュートをしてもいいと聞くと「えー!」と目を丸めた。同少年団の浜名完司コーチも驚きを込めて言う。
「見たことない練習ですね。子供なのでどうしても飽きが来る。楽しくやろうとこちらでも考えるけど、どうしても試合形式のものになりがちです。その中でもこれはよさそうですね。見たことのない練習もありますし、いつもここまで(多くのメニューは)やっていない」
渡邉氏は楽しませる工夫を語った。
「競争するメニューを増やしました。最初は個人で、対1人との競争にして、最後はチームでやる。そういうステップを踏んだゲームにしました。僕があまり口を出さないで子供たちだけでやるような競争のゲームを入れたのがキーでしたね」
クリニックを終え、遠隔指導に参加する子供たちが夢達成ノートに「将来の夢」「未来の自分のまちをどうしたい?」「1年後の約束」の3項目を記入。渡邉氏の前で緊張しながら、照れくさそうに発表した。「将来の夢」に多かったのは「プロバスケット選手」。「NBAの選手になること」と書いた子も。2つ目の項目は「みんながバスケットに興味を持っている町」「環境に優しい町」などと記された。1年後の約束はこうだ。
「考える」は万事に役立つ、渡邉氏「将来バスケットから離れても…」
「積極的にリングに向かうようになる」
「シュートをたくさん決める選手になる」
「ドリブルが下手くそだからうまくなる」
「相手にぶつかってもカットインする」
「外のシュート確率を上げる」
「ドライブをした時にいろいろなステップを使えるようにする」
「シュートがたくさん入って、どんな人にもついても守れるようにする」
高学年になるほど具体的なものになった。渡邉氏が一貫して強調したのは「自分で考えること」だ。
「試合で初めて対戦するチームに対し、今まで経験したことのないディフェンス、高さ、速さなどがある。そこで瞬時に考えて打開策を自分で見つける作業がないと、経験したことのないプレッシャーが来た時にすぐにアジャストできないと思う。『なんでだろう』って思うことで、『あの選手は手が長い』『ちょっとこっちが遅かった』とか、そういう反応をする習慣ができれば。そういうスキルに繋がるのではないかと思っています」
そんな思いを込め、最後に子供たちにもメッセージを送った。「自分で考える」力が役立つのは、バスケに限った話ではない。
「ゲームをしながら、なりたい選手のプレー、自分のやりたいプレーをして、自分で欠点を感じてみてください。人から言われてやるのではなく、自分で動けるとうまくなる早さが変わります。お父さん、お母さんにYouTubeを見せてもらったり、体育館でやってみたりしてください。
自分で考えてやると、身に付き方が全く違う。スマホのゲームでも自分でプレーするとうまくなると思います。バスケも同じ。練習しながら『どうしたい』と考えるとモチベーションも上がるし、将来バスケットから離れても、壁にぶつかった時に乗り越えられる。ここでバスケットをやった経験を生かしてほしいです」
今後は東京、福島と離れた場所でも動画やメッセージを通じて継続したプライベートレッスンを行う。次に渡邉氏と会うのは、中間発表の半年後と成果発表の1年後だ。「バスケ以外の悩みも聞くので仲良くやっていきましょう」。中間発表までに楽しみにしていることについて、渡邉氏は期待を込めて言う。
「(ミニゲームの)攻め方なども変わると思う。待っている時間に話したりとか、子供たち同士でコミュニケーションをとる時間が長くなればいいですね。なんでもいいんですよ。『お前、あの時あそこにいたけど、もっとこうしたほうがいいぞ』『次の休みは誰にする』とか。多くのチームでコーチが『次はお前とお前が休み』みたいに決めてしまうんですけど、子供同士で話をさせる方が互いに納得するし、チームに何が必要か自発的に出てくる。
その辺の延長上がスポーツでも社会でも大事だと思うので、自分から話したり、自己主張とかに繋がればいい。あとは楽しそうにやってくれるのが一番。今日のああいう表情を見た保護者や指導者の方も何かを感じてくれたらいいなと思います」
スタッフが「震災の記憶がある人!」と声をかけても、もちろん手は上がらない。2011年度生まれは小学2年生。もうすぐ震災から9年が経つ。山吹色に輝く体育館から、新たな芽が育まれていく。
(THE ANSWER編集部)