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陸上部のない高校から生まれた陸上日本一 黒帯から一変、体力づくりで始め「落ちる瞬間」に憑りつかれ――阿南光・井上直哉

夏の高い空にまで届きそうな跳躍で井上は優勝を飾った【写真:荒川祐史】
夏の高い空にまで届きそうな跳躍で井上は優勝を飾った【写真:荒川祐史】

人生で一番長い「落ちる瞬間」を味わい、果たした戴冠

 ふわっと浮き上がり、反転させた体がバーの向こうに吸い込まれる。

 ドスッ。

 マットに沈んだ背中が跳ねた。トラック種目が終了し、会場の全観客から集めた視線の先で、シャイな17歳の両拳が突き上がる。

「シャーッ!」

 静寂を切り裂く咆哮が広島の空に響き、同時に大歓声が降り注いだ。

「(滞空時間は)いつもより長く感じた」。それもそのはず、5メートル31は自己ベスト達成だ。人生で一番長い「落ちる瞬間」を味わい、戴冠を果たした。

 6年間、苦楽を共にした株木コーチから「おめでとう、よくやった」と祝福された。言葉は短い。でも、2人が過ごした時間の長さを考えれば、言葉は重い。すべての苦労が報われ、胸が熱くなった。

「株木先生に恩返しができて良かった」

 将来は「オリンピック出場」と世界を夢見るが、もう一つ、小さくて、でも大きな夢がある。

「阿南光に陸上部ができたらなって、ちょっとだけ想いがあるんです。結果を残してアピールしたかった。僕がいなくなったら(棒高跳びをやっているのは)後輩1人だけ。棒高跳びの楽しさも、もっと広めたいです」

 陸上部のない高校から生まれた陸上高校王者。

「第78回インターハイ男子棒高跳び優勝者 井上直哉(徳島・阿南光) 5メートル31」

 名は記録に、情熱は空に。そのどちらも、ずっと消えることはない。

(THE ANSWER編集部・神原 英彰 / Hideaki Kanbara)

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