往復4時間、新幹線通学するラグビー女子高生 男子部員に交じって目指すプロの夢【#青春のアザーカット】
学校のこと、将来のこと、恋愛のこと……ただでさえ悩みが多い学生の毎日。その上、コロナ禍で“できないこと”が増え、心に広がるのは行き場のないモヤモヤばかり。そんな気持ちを忘れさせてくれるのは、スポーツや音楽・芸術・勉強など、自分の好きなことに熱中する時間だったりする。
連載「#青春のアザーカット」カメラマン・南しずかが写真で切り取る学生たちの日常
学校のこと、将来のこと、恋愛のこと……ただでさえ悩みが多い学生の毎日。その上、コロナ禍で“できないこと”が増え、心に広がるのは行き場のないモヤモヤばかり。そんな気持ちを忘れさせてくれるのは、スポーツや音楽・芸術・勉強など、自分の好きなことに熱中する時間だったりする。
そんな学生たちの姿を、スポーツ・芸術など幅広い分野の第一線で活躍するプロカメラマン・南しずかが切り取る連載「#青春(アオハル)のアザーカット」。コロナ禍で試合や大会がなくなっても、一番大切なのは練習を積み重ねた、いつもと変わらない毎日。その何気ない日常の1頁(ページ)をフィルムに焼き付けます。(取材・文=THE ANSWER編集部・佐藤 直子)
8頁目 女子ラグビー アルカスユース熊谷・埼玉正智深谷高1年 小玉陽菜さん
片道2時間、往復4時間。栃木県宇都宮市にある自宅から埼玉県深谷市にある学校まで新幹線通学する毎日だ。小学生の頃から大好きなGReeeeNの「花唄」や、最近お気に入りのSaucy DogやVaundyなどをイヤフォンで聴きながら眺める車窓の風景は、あと少しで四季をひと巡りする。
「本当に夕ご飯を食べて寝るためだけに家に帰っている感じです」
そういう言葉とは裏腹に、冬の寒さと練習の熱気で赤みを帯びた顔に浮かぶのは、こぼれ落ちそうなくらい特大の笑顔だ。「でも、やっぱりアルカスの仲間とラグビーをするのは楽しいなって」。大好きなラグビーを大好きな仲間とできるのであれば、通学時間は苦にならない。
兄・明知さんも強豪・帝京大学で楕円球を追いかけるラグビー一家。兄の姿を見て「楽しそうだな」と思い、ラグビーを始めたのは小学1年の時。小学4年から3年間はタグラグビーチームにも参加し、中学では地元・栃木のラグビースクールと同時に、アルカス熊谷のアカデミーにも通い始めた。
アルカス熊谷は7人制女子ラグビーのクラブチームで、2019年にはラグビーワールドカップの舞台ともなった埼玉県熊谷市を拠点とする。2021年の東京オリンピックにはトップチームから3選手が日本代表入り。アカデミーには世界で活躍する先輩に憧れ、日本代表入りを夢見る女子小中学生が県内外から集まっている。
アカデミーでは大切な仲間に出会った。「私たちの学年は他の学年よりも多くて全部で7人。すごく仲が良くて、一人ひとりの性格も良く分かっている。いい仲間に出会えたなって思います」。みんなで進路を考え始めた頃、アルカスに高校生を対象としたユース部門が発足。「この仲の良さがあれば、大会で良い結果が出せるんじゃないか」という気持ちで一致した7人がユースに進むことに決めた。
待ちきれない練習日「今日はアルカスの日だ!」
唯一県外から通う小玉さんにとって、決して簡単な決断だったわけではない。週末に通うだけだったアカデミーとは違い、ユースは月曜日を除く週6日、活動がある。どうやったら高校生活と両立できるのだろう。悩んだ末、心の声に耳を傾けた。
「やっぱりみんなと一緒にアルカスでラグビーをしたいという気持ちが強かったので、続けることを選びました」
そこでアルカスの練習に通いやすいように、近隣でラグビー強豪校でもある正智深谷高校を受験。コロナ禍でラグビーができない期間もあったが、受験勉強に時間を割けると前向きに捉え、見事合格を勝ち取った。高校でもラグビー部に所属し、男子部員に混じって練習する。
幸い、正智深谷高の菅原悠佑監督がアルカス・ユースでヘッドコーチ(HC)を務めていることもあり、高校がウエイトトレーニングの日はアルカスでの練習を優先。気心知れた仲間とするラグビーは心の底から楽しく「『今日はアルカスの日だ!』ってうれしくなります!」と待ちきれない。
発足2年目のユースは、まだ人数が多いわけではない。放課後になると、メンバーはそれぞれが通う高校から自転車に乗ってグラウンドへ向かい、楕円球を追う。人数が少なく、できる練習は限られてくるが、実戦をイメージしながら頭と体をフル回転。人数が少ないハンデをものともせず、大会では白星を重ねる。「個々のスピードや体の強さが繋がって、楽しく試合ができています」という、文字通りの少数精鋭チームだ。
チームワークは試合以外の場面でも垣間見られる。長距離通学の小玉さんにとって、いつもの電車を逃したら心も体も受けるダメージは大きい。取材日は運悪く用具当番の日だった。着替え終えたらグラウンドの照明を消さなければならない。大急ぎで着替え始めると、仲間が「電車、大丈夫? しょうがないな、私が消してきてあげよう(笑)」とさりげなくサポート。ちょっとした心遣いがうれしい。
兄・明知さんは身近にいる最高にカッコいい選手
小玉さんのポジションはFW(フォワード)。「他のメンバーに比べるとそれほどスピードも体力もはないですけど、コンタクトプレーでは負けたくないと思っています(笑)。コンタクトしにいってから上手くボールを前にドライブできた時は楽しいですね」と浮かべるのは最高の笑顔。そんな小玉さんを菅原HCは「頭のいい選手で進んで献身的なプレーをしてくれます。リーダーシップもあるので楽しみな選手です」と高く評価する。
10年続ける大好きなラグビーだが、「何度か辞めたいと思ったこともあります」とバツが悪そうに笑う。それでも辞めなかったのは、大切な仲間がいるから。そして、何より兄の存在が大きい。
「練習が嫌で辞めたくなっても、めっちゃ頑張っている兄の姿を見ると、こんなことで挫けていたらダメだなって思うんです。兄はずっと『俺はラグビーでプロを目指す』と言っているので、私も小学生の頃からプロを目指して兄妹で注目されるプレーヤーになれたらいいなと。そんな夢を持っているのに、ここで辞めたらダメだって思って、今でもラグビーをしています」
兄は身近にいる最高の手本であり、最高にカッコいい選手だ。好きなラグビー選手は「小玉明知選手です! 言うのは恥ずかしいんですけど(笑)。ポジションも一緒なので兄のプレーを見て学べることがたくさんありますし、励みになります」。ラグビーに熱中する兄妹を両親も全面サポート。「小玉家は自分でもちょっと普通じゃないかも…と思うくらい仲がいいです(笑)」と話す。
ラグビーは楽しい時間だけではなく、真剣勝負の中から学びと成長を与えてくれた。
「タグラグビーでメンバーに残れるか残れないかの瀬戸際にいた時、『このパスを磨いたらもっと上にいけるぞ』とアドバイスされ、めちゃめちゃ練習したらメンバーに残れたことがあったんです。この時、自分で無理だと思っても、とりあえずがむしゃらに頑張ったら認めてもらえるんだって気が付きました。諦めない心、どんな状況でもやれるだけのことはやる、ということを学べた経験だったと思います」
オフの日の放課後に感じる「ちょっとこれ、青春じゃないかな?」
ラグビー中心の生活を送っていても、そこはやっぱり女子高生。ラグビー部の練習もアルカスの練習もない、貴重な完全オフの日に味わう、いわゆる普通の生活にドキッとすることもある。
「オフの日の放課後、学校に残って勉強をしてから、クラスの友達と一緒に駅まで行く途中、コンビニに寄ってお菓子を買って雑談するんですけど、最近『ちょっとこれ、青春じゃないかな?』って思ったりしてます(笑)」
片道2時間の新幹線通学で楽しみなことが一つある。いつも母が持たせてくれる手作りスイーツを食べることだ。練習後の空腹にホッと広がる甘さは、全力でバックアップしてくれる家族のぬくもりに通じるものがある。
よし、明日も頑張ろう!
兄妹揃ってのプロを目指す小玉さんの挑戦は、まだまだ続く。
【出演者募集】
プロカメラマンの南しずかさんが、あなたの部活やクラブ活動に打ち込む姿を撮りにいきます。運動系でも文化系でも、また学校の部活でも学校外での活動でもかまいません。何かに熱中している高校生・大学生で、普段の活動の一コマを作品として残したいという方(個人または3人までのグループ)を募集します。自薦他薦は問いません。
下記より応募フォームにアクセスし、注意事項をご確認の上、ご応募ください。
皆様のご応募をお待ちしております。
■南しずか / Shizuka Minami
1979年、東京都生まれ。東海大学工学部航空宇宙学科、International Center of Photography:フォトジャーナリズム及びドキュメンタリー写真1か年プログラムを卒業。2008年12月から米女子ゴルフツアーの取材を始め、主にプロスポーツイベントを撮影するフリーランスフォトグラファー。ゴルフ・渋野日向子の全英女子オープン制覇、笹生優花の全米女子オープン制覇、大リーグ・イチローの米通算3000安打達成の試合など撮影。米国で最も人気のあるスポーツ雑誌「Sports Illustrated」の撮影の実績もある。最近は「Sports Graphic Number Web」のゴルフコラムを執筆。公式サイト:https://www.minamishizuka.com
南カメラマンがファインダー越しに捉えた小玉さんのラグビー愛
「撮影協力:Pictures Studio赤坂」
(THE ANSWER編集部・佐藤 直子 / Naoko Sato)