[THE ANSWER] スポーツ文化・育成&総合ニュースサイト

突然のジャンプ打ち切りに透けたFISの考え 冬季五輪らしい「事件」はテレビ放送の都合も関係

スポーツ文化・育成&総合ニュースサイト「THE ANSWER」ではミラノ・コルティナ五輪期間中、連載「OGGIのオリンピックの沼にハマって」を展開。スポーツ新聞社の記者として昭和・平成・令和と、五輪を含めスポーツを40年追い続けた「OGGI」こと荻島弘一氏が“沼”のように深いオリンピックの魅力を独自の視点で連日発信する。第11回は、スキージャンプで起きた「事件」の背景。

ジャンプ男子スーパー団体、競技打ち切り後のインタビューに応じる小林陵侑【写真:ロイター】
ジャンプ男子スーパー団体、競技打ち切り後のインタビューに応じる小林陵侑【写真:ロイター】

連載「OGGIのオリンピックの沼にハマって」第11回

 スポーツ文化・育成&総合ニュースサイト「THE ANSWER」ではミラノ・コルティナ五輪期間中、連載「OGGIのオリンピックの沼にハマって」を展開。スポーツ新聞社の記者として昭和・平成・令和と、五輪を含めスポーツを40年追い続けた「OGGI」こと荻島弘一氏が“沼”のように深いオリンピックの魅力を独自の視点で連日発信する。第11回は、スキージャンプで起きた「事件」の背景。

【注目】育成、その先へ 少年・少女、保護者や指導者が知りたい現場の今を発信する野球育成解決サイト『First-Pitch』はこちらから

 ◇ ◇ ◇

 冬季五輪らしい「事件」だった。スキージャンプで初採用された男子スーパー団体は悪天候の影響で最終ラウンド途中で打ち切り。2回目までの成績で順位を決定した。2回目終了時6位ながら新エース二階堂蓮のスーパージャンプで2位に浮上していた日本にとって残念な結末だったが、自然を相手にする競技の難しさも感じた。

 競技成立まで日本の小林陵侑を含んで残り3人。大雪の中で再開を待ったが、競技は早々と中止になった。最終ラウンド1本目で二階堂が138.5メートルの大ジャンプ。メダルが見えていた。ところが、最終ジャンパー8人中5人が飛んだところで打ち切りが決まった。

 小林は「5分も待っていればできた状況だった」と、雪の降りやんだジャンプ台を背に悔しそうに話した。2回目終了時点で2位ポーランドから6位日本までは僅差だっただけに、メダルを確定させた選手たちは喜び、逃した選手は落胆した。もっとも、共通するのは「仕方ない」という言葉。小林も言った「これがスキージャンプ」。

 珍しいことではない。1924年の第1回冬季大会から行われている五輪でこそ「打ち切り」はないが、W杯などでは日常的。先月札幌で行われた女子W杯ラージヒルでも2回目が悪天候でキャンセルされて1回目の順位が最終順位になった。

 1998年長野五輪を思い出す人も多かったはず。ジャンプ団体の1回目4位だった日本が逆転で金メダルに輝いた名勝負だ。25人のテストジャンパーが悪天候の中、競技続行のために命がけで試技をしたエピソードは有名。もっとも、この時も競技委員の大勢は「打ち切り」だった。当時とはルールも変わっているし、運営の考え方も違う。「長野でできたのだから」とはならないのだろう。

 国際スキー・スノーボード連盟(FIS)レースディレクターのサンドロ・ペルティーレ氏はFISの公式サイトで説明している。「重く湿った雪で助走スピードが失われた」ことと「風の状況が違っていて、公平さに欠ける」ことが早期に中止を決定した理由。「ラウンドをキャンセルすることはルールにある。時々起こるが、それが今夜だった」とルールに沿った決定であることを強調している。

1 2

荻島 弘一

1960年生まれ。大学卒業後、日刊スポーツ新聞社に入社。スポーツ部記者としてサッカーや水泳、柔道など五輪競技を担当。同部デスク、出版社編集長を経て、06年から編集委員として現場に復帰する。山下・斉藤時代の柔道から五輪新競技のブレイキンまで、昭和、平成、令和と長年に渡って幅広くスポーツの現場を取材した。

W-ANS ACADEMY
ポカリスエット ゼリー|ポカリスエット公式サイト|大塚製薬
CW-X
THE ANSWER的「国際女性ウィーク」
N-FADP
#青春のアザーカット
One Rugby関連記事へ
THE ANSWER 取材記者・WEBアシスタント募集