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ミラノ開会式、印象付けた「新しい五輪」 1都市で困難に…広域開催は“壮大な実験”のスタート

開会式に登場した日本代表選手団【写真:ロイター】
開会式に登場した日本代表選手団【写真:ロイター】

肥大化した大会、1年で支えきれず…IOCは方針変更

 もっとも、1つの都市での開催が困難になるほど、五輪は変わっていった。競技数や参加選手などで肥大化した大会は、1つの都市で支えきれなくなった。開催地の負担が大きく、環境破壊などの問題もあって立候補する都市も減った。IOCは方針を変更して複数都市での開催を推奨。「持続可能な大会」のモデルとなるのが、今回のミラノ・コルティナ大会だ。

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「1都市に集う」ことこそが、五輪だと思ってきた。様々な競技が一堂に会することは、総合競技大会ならでは。それぞれの競技が別々の場所で行うなら世界選手権でいい。とはいえ、理想通りにいかなくなってきたのは確か。ならば、同時期に複数の都市や国で開催してバーチャルにつながればいい。

 フィギュアスケートの坂本花織は日本選手団の結団式の時、複数都市開催に触れて「チームジャパンとしてSNSでつながるようにしたい」と話した。物理的につながらなくても、最新のテクノロジーで精神的には1つになれる。それができるなら、1都市での開催にこだわる必要もなくなる。

 開会式メイン会場のサンシーロは「サッカーの聖地」でもある。イタリアを代表するACミランとインテルミラノという強豪2クラブのホーム。聖火リレーでは、ミランのフランコ・バレージ氏とインテルのジュゼッペ・ベルゴミ氏という82年W杯優勝メンバー2人も登場した。

 アジア人として初めてセリエA選手となったカズ(J3福島)が94-95年シーズン開幕戦でバレージと接触して骨折したのも、サンシーロだった。ミランの本田圭佑とインテルの長友佑都がミラノダービーを競ったのも、ここサンシーロだ。

 1990年のW杯イタリア大会の開会式が行われたのも、サンシーロだった。連覇を狙うマラドーナのアルゼンチンがカメルーンに敗れた開幕戦。キックオフの前に行われたショーは、最新のファッションに身を包んだモデルがピッチの回りを歩く華やかなさで「イタリア」を感じさせた。

 いずれも古い話だ。W杯の参加国は当時の24から48と倍増し、今年の大会は米国、メキシコ、カナダの3か国共催で行われる。当時世界最強と呼ばれたセリエAは低迷し、イタリア代表は3大会連続でW杯出場を逃すピンチにある。

 時代は変わる。スポーツ界も変わる。もちろん、五輪も。IOCのカースティ・コベントリー会長は、就任以来初の開会式スピーチで「持続可能性を示す新たなモデル」と自信たっぷりに話した。壮大な「実験」となる広域開催。新しい五輪の形を模索する大会が始まった。(荻島弘一)

(荻島 弘一 / Hirokazu Ogishima)

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荻島 弘一

1960年生まれ。大学卒業後、日刊スポーツ新聞社に入社。スポーツ部記者としてサッカーや水泳、柔道など五輪競技を担当。同部デスク、出版社編集長を経て、06年から編集委員として現場に復帰する。山下・斉藤時代の柔道から五輪新競技のブレイキンまで、昭和、平成、令和と長年に渡って幅広くスポーツの現場を取材した。

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