月経が「4年間止まっていた」 五輪金メダルの裏で起きていた体のSOS、胸に刺さった母の言葉――レスリング・藤波朱理
「THE ANSWER」は3月8日の国際女性デーに合わせ、さまざまな女性アスリートとスポーツの課題にスポットを当てた「THE ANSWER的 国際女性ウィーク」を展開する。今年は「心とカラダを満たす『幸せ』の選択」をテーマに、3日から12日まで10日間にわたってアスリートのインタビューを掲載。高みを目指し、心身両面で全力を尽くすアスリートたちの姿を通して、一人ひとりの女性が“自分らしく”、幸せな日々を過ごすためのヒントを探す。

「THE ANSWER的 国際女性ウィーク」9日目 藤波朱理インタビュー前編・無月経
「THE ANSWER」は3月8日の国際女性デーに合わせ、さまざまな女性アスリートとスポーツの課題にスポットを当てた「THE ANSWER的 国際女性ウィーク」を展開する。今年は「心とカラダを満たす『幸せ』の選択」をテーマに、3日から12日まで10日間にわたってアスリートのインタビューを掲載。高みを目指し、心身両面で全力を尽くすアスリートたちの姿を通して、一人ひとりの女性が“自分らしく”、幸せな日々を過ごすためのヒントを探す。
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9日目はレスリング女子日本代表として2024年のパリ五輪に出場し、53キロ級で金メダルを獲得した藤波朱理(日本体育大)が登場。中学時代に始まった公式戦の連勝記録を伸ばしながら一気に世界の頂点へと駆け上がったが、その裏では人知れず、無月経の症状を抱えながら五輪の舞台に立っていた。(取材=長島 恭子、構成=THE ANSWER編集部)
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想定外の事態に見舞われたのは2024年3月、パリ五輪の開幕を約4か月後に控えた時だった。
中学時代から始まった公式戦の連勝記録を「133」まで伸ばし、レスリング女子53キロ級において国内外で敵なしの快進撃を続けていた藤波朱理が、練習中に左肘を脱臼。靭帯も断裂するという重傷で、すぐに手術を受けた。
金メダル最有力候補の身に起きた悪夢――。だが、そんな危機的な状況に陥っても当時20歳の藤波は怯まなかった。驚異的な回復力でリハビリを乗り越えパリ五輪の舞台に立つと、1回戦から危なげなく勝ち上がり見事に金メダルを獲得。優勝が決まった瞬間、コーチを務める父・俊一さんに飛びつき、2人で日の丸を持って喜びを爆発させた。
日本女子レスリング界に誕生した待望の次世代スター。表彰式後には観客席に向かって弾けるような笑顔を見せていた藤波だが、その裏では人知れず、ケガとは別の“異変”が体の中で起きていた。
「ずっと生理が来ていなかったんです。たぶん、高校2年生くらいからなので、4年間止まっていました。最初のうちは不順になって……という感じだったのですが、大学生になってからは完全に止まりました」
パリ五輪に向かう戦いのなかで起きていた無月経の症状。始まったタイミングは、まさに2024年の五輪出場を意識し始め、「53キロ級で勝負する」と決意した時期。「高2で全日本を取り、高3の世界選手権で優勝する。高校生のうちに世界一になるという明確な目標があり、そのまま53キロ級で出続けてオリンピックで金メダルを獲るんだ、と考えていました」と当時を振り返る。
もっとも藤波自身、無月経の症状が起き始めた当初は、「本当に悪い例なのですが、私は生理が来なくて『あぁ、ラッキーだな』くらいに思っていたんです。『このままオリンピックまで止まってくれたらいいな』と考えるくらいでした」と、あまり深刻に捉えていなかったという。
初潮が来たのは中学3年生の時だった。その後は生理前など月経痛がひどく、練習時に腰の痛みを抑えるために痛み止めを服用し、ひたすら我慢をすることもあった。
「高校(いなべ総合学園高)の時も父が監督でしたから、そんなことは言えるわけもなく……。それに女子部員も私1人でしたからね。そういうことを気軽に相談できる環境ではありませんでした」
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