最後の五輪で「初歩的ミスです」 わずか200gで失格…コップ1杯に泣いた原田雅彦の幕引き【2006年トリノ五輪】
大失敗もあれば、超ビッグフライトもあり。そんな人間臭さで、長年日本のジャンプ界を牽引したのが原田雅彦だ。ただ、現役最後の五輪はあまりに意外な形で幕を下ろした。

2006年トリノ五輪、新ルールで失格に終わり直後に引退
大失敗もあれば、超ビッグフライトもあり。そんな人間臭さで、長年日本のジャンプ界を牽引したのが原田雅彦だ。ただ、現役最後の五輪はあまりに意外な形で幕を下ろした。
2006年のトリノ五輪。37歳になった原田は、当時日本ジャンプ界最多となる5度目の大舞台に立っていた。経験と技術を見込まれノーマルヒル個人に出場したものの、そこで待っていたのは残酷な結末だった。
1回目のジャンプで原田は95メートルの好ジャンプ。上位30人による2回目進出の当落線上に踏みとどまった。だが競技直後の用具検査で下されたのは失格の判定だった。原因はスキー板の長さにあった。
この時期、選手の過激な減量による健康被害が懸念され、2004年に改正された国際スキー連盟(FIS)のルールでは、選手の体重に応じて使用できる板の最大長が厳格に定められていた。原田が使用していた253センチの板には、体重61キロが必要だった。しかし、競技後の測定では60.8キロ。わずか200グラムの差で、記録を残すことさえ許されなかった。
「自分の初歩的ミスです」。原田は淡々と語り、競技場をあとにした。のちに「そんなに体重が減っているとは思わなかった。200グラム、コップ1杯ですよ」と振り返っている。日本が団体で金メダルに輝いた長野五輪後、ジャンプのルールはめまぐるしく変わった。原田はそれについていけていない自分を感じたという。
1994年リレハンメル五輪の団体では、目前の金を逃す大失敗。1998年長野では歓喜の逆転金メダル。そして最後は200グラムに泣いた失格。原田はこのシーズンを最後に現役を引退した。最後まで筋書きのないドラマを演じ続けた、激動の選手生活だった。
(THE ANSWER編集部)
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