日本大失敗→打ち切り危機→4年越しの逆転大ジャンプ 漏れた嗚咽「ふなきぃ~」に列島感動【1998長野五輪】
ミラノ・コルティナ五輪で冬季五輪は25回目。1924年の第1回大会から、過去には様々な名場面が生まれてきた。日本のノルディックスキー・ジャンプでは、1998年の長野五輪で団体金メダルを獲得。その裏ではいくつものドラマがあった。原田雅彦の大失敗ジャンプ、そして大逆転での金と、日本全国がテレビ中継に釘付けとなった。

1998年長野五輪、ジャンプ団体ラージヒル
ミラノ・コルティナ五輪で冬季五輪は25回目。1924年の第1回大会から、過去には様々な名場面が生まれてきた。日本のノルディックスキー・ジャンプでは、1998年の長野五輪で団体金メダルを獲得。その裏ではいくつものドラマがあった。原田雅彦の大失敗ジャンプ、そして大逆転での金と、日本全国がテレビ中継に釘付けとなった。
1998年は、日本ジャンプ陣が一つのピークを迎えたとも言えるシーズンだった。22歳の船木和喜が年末年始のジャンプ週間で、日本人初の総合優勝。迎えた五輪でも2月15日に行われた個人ラージヒルで船木が金、29歳の原田雅彦が銅。原田はラージヒルの2回目に自動計測の範囲を超える136メートルの大ジャンプを披露し、日本が世界最強とのイメージは強固になっていた。
ただ17日の団体ラージヒル、1回目は激しい降雪の中で行われ、助走スピードが上がらない。日本も3番手の原田が79.5メートルという大失敗に終わり、4位と出遅れた。ここで競技は30分ほど中断される。1回目での打ち切りがあるのではと危ぶまれた。
何とか再開された2回目、岡部孝信がバッケンレコードの137メートルを飛び、2番手の斎藤浩哉も124メートルで日本は1位に再浮上。再び原田の番が回ってきた。94年のリレハンメル大会では団体戦の2回目、目の前にあった金メダルを逃す大失敗ジャンプ。4年越しのリベンジなるか注目された。
雪で視界が狭まる中、スタートした原田は137メートルの大ジャンプ。岡部に並ぶレコードだった。続く船木を祈るような目で見守るシーンがテレビ中継に捉えられた。「ふなきぃ~」と嗚咽のように漏らした声が、ファンの心を揺さぶった。
そして船木は「前回の五輪での、原田さんの気持ちがわかった。失敗するイメージしか出てこなくて」という中で125メートル。得点が確定し、電光掲示板の一番上に「JPN」と出ると船木に3人が駆け寄り、そのまま雪の上に折り重なった。日本は合計933.0点。2位のドイツに35.6点の差をつけていた。
(THE ANSWER編集部)
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