金メダル候補が50mの崖を落下→3日後に衝撃 「不死身」の元レンガ職人が奇跡「医者はやめとけと…」【1998長野五輪】
ミラノ・コルティナ五輪が開幕。冬季は1924年に第1回大会が開催され、今回で25回目。4年に一度の夢舞台で過去に起きた様々な出来事を振り返る。欧州を中心に、冬季五輪の花形種目になっているのがアルペンスキー。時速100キロを軽く超えるスピードで、アイスバーンにもなる雪上を滑り抜ける。1998年の長野大会では、金メダル候補が超高速でコースアウトし、50メートル下まで転落する事故が発生。ただ3日後には別種目で圧勝してみせ、不死身との異名をとった。

1998年長野五輪アルペンスキー、ヘルマン・マイヤー
ミラノ・コルティナ五輪が開幕。冬季は1924年に第1回大会が開催され、今回で25回目。4年に一度の夢舞台で過去に起きた様々な出来事を振り返る。欧州を中心に、冬季五輪の花形種目になっているのがアルペンスキー。時速100キロを軽く超えるスピードで、アイスバーンにもなる雪上を滑り抜ける。1998年の長野大会では、金メダル候補が超高速でコースアウトし、50メートル下まで転落する事故が発生。ただ3日後には別種目で圧勝してみせ、不死身との異名をとった。
長野五輪でアルペンスキーが行われた白馬八方尾根は開幕から悪天候に見舞われ、競技日程は続けての変更を余儀なくされた。その中で2月13日に行われた男子滑降では、そのシーズンのワールドカップで総合首位に立っていた金メダルの大本命、ヘルマン・マイヤー(オーストリア)が大転倒。大きなエアターンでバランスを崩して宙を舞い、防護ネットを2枚突き破って50メートルの崖を落下。左肩を脱臼しその後の競技継続が危ぶまれた。
マイヤーは、24歳だった1996年にワールドカップ(W杯)デビューを果たした遅咲き。それ以前はレンガを積む職人として働いており、長野が初の五輪出場。初めて挑んだ種目で無念を味わったが、16日に行われた男子スーパー大回転で復活する。1分34秒82で、2位のディディエ・キュシュ(スイス)の1分35秒43に0秒61差をつけての金メダル。「医者にはやめておけと言われたけど、天にも昇るような気持ちだ」と喜んだ。このシーズンのW杯、スーパー大回転では4戦4勝という相性の良さも光った。
さらに19日の男子大回転でも1回目が1分20秒36、2回目が1分18秒15。2分38秒51で2位のステファン・エベルハーター(オーストリア)に0秒85の差をつけぶっちぎりの優勝。映画の「ターミネーター」になぞらえた「ハーミネーター」との愛称が定着し、「不死身」とのイメージを不動のものにした。その後も2001年にはバイク事故での複雑骨折から復活。4度のW杯総合優勝に輝き、2006年のトリノ大会でもスーパー大回転で銀、大回転で銅メダルを獲得している。
(THE ANSWER編集部)
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