肌の露出を問題視…フィギュア女王のハイレグ衣装、ドレスコード導入のきっかけに【1988カルガリー五輪】
ミラノ・コルティナ五輪は現地6日、遂に開幕。冬季は1924年に第1回大会が開催され、今回で25回目。4年に一度の夢舞台で過去に起きた様々な出来事を振り返る。1988年カルガリー大会のフィギュアスケート女子では、金メダリストの衣装が問題視され、後の“ドレスコード”に繋がった。

冬季五輪の出来事を振り返る
ミラノ・コルティナ五輪は現地6日、遂に開幕。冬季は1924年に第1回大会が開催され、今回で25回目。4年に一度の夢舞台で過去に起きた様々な出来事を振り返る。1988年カルガリー大会のフィギュアスケート女子では、金メダリストの衣装が問題視され、後の“ドレスコード”に繋がった。
1984年サラエボ大会を制したカタリナ・ヴィット(東ドイツ)は、連覇を狙ってカルガリーのリンクに立った。
「ショーガール」がテーマのショートプログラム(SP)。ヴィットは腰周りに羽をあしらった青の衣装で舞ったが、スカート部分がないハイレグで、他国のコーチが肌の露出の多さについて問題視する事態に発展した。
SP2位だったヴィットはフリー「カルメン」で逆転して五輪連覇を達成。カルガリーで発生した衣装問題で、国際スケート連盟(ISU)は選手の衣装に“ドレスコード”を設けることになった。
現在、ISUは「競技者の衣装は控えめで品位があり、アスリートとしての競技にふさわしいものでなければならない」「過度な露出を感じさせるものであってはならない」などと規定し、ガイドラインに従わない衣装は減点対象としている。
(THE ANSWER編集部)
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