米は1日150gだけ、水を飲むと「太る」 中野友加里が語る女子フィギュア選手の減量【THE ANSWER Best of 2021】
15歳で「体重」を意識し、変わった食生活「壮絶でした」
――中野さんの経験もお聞きしたいのですが、競技生活で初めて「体重」を意識したのは何歳でしたか?
「よく覚えています。中学3年生だった15歳です。それまでは身長が伸び、体が縦に大きくなるので、たくさん食べても太りませんでした。でも、ある時を境に身長が止まったら、少女から女性の体付きに変わるために(成長が)横に行くしかない。それが15歳でした。気付いた時には変化が起きていて、コーチから『どうにかしないと跳べなくなる。とにかく痩せて』と言われました。その時は言われている意味がよく分かりませんでしたが、本当にあっという間に跳べなくなりました。
一番ショックだったのは、トリプルアクセルを跳べなくなったことです。14歳から跳べていたのですが、体重が増えたことで回転力が落ちてしまい、3回転半回り切らなくなりました。最初はほかの3回転ジャンプで演技はごまかせたのですが、それも次第に回転不足になって……。痩せなきゃいけないという目標がある半面、食欲もすごく旺盛な時期なので、心の中でせめぎ合いでした。そんな私を見て、母にダイエットのスイッチが入ったんです。食事の内容も変わり、壮絶でした」
――食生活はどう変わったのでしょうか?
「まず、今まで好きなだけ食べていたお米をグラムで量り、1日に決められた量、120~150グラムしか食べないようにしました。そのうち、油物も一切やめ、甘い物も絶対ダメ。母は部活で『水を飲んだら太る』と言われていた世代だったので、私も『水を飲んだらその分、太ると思いなさい』と言われました。あとは白米も玄米に変え、とにかくヘルシー志向で。ただ、チョコレートが大好きだったので、どうしても我慢できない時は母に隠れて、こっそりと食べていました……(笑)」
――3食のメニューはどんな内容だったのですか?
「朝は食パン1枚です。バター、マーガリンはダメで何もつけない。もしくはクリームなどが入っていないパン。昼はお弁当を作ってもらい、グラムを量ったおにぎりと茹で野菜。肉は必要なのでウィンナー。あとはタンパク質を取るために玉子焼き。それくらいなので、甘い物が食べたいと言ったら増えたのは果物だけ。夜もお弁当です。昼と同じような内容で、練習の合間に食べるという食生活を送っていました」
――かなり過酷ですね。教室でそれだけ管理された弁当を食べていたら友達に心配されませんでしたか?
「女子校だったので、食べない子は量をそれほど食べない。なので、浮いていたわけではないのですが、逆にシンクロナイズトスイミングをやっていた友人は増量しないといけなくて、本人が気持ち悪くなるほどのお弁当を食べていて……。私は痩せなきゃいけない、彼女は太らないといけない。競技によって、どちらも大変だなと思ったことはよく覚えています」
――それだけの食事量で練習はエネルギー的に大丈夫だったのですか?
「私は『空気を吸っても太る』と言われるくらい、何をしても太る時期で(笑)。エネルギーはあり余っていたのですが、なかなか痩せず……。ただ、体重計に毎日乗って記録をつけ始めたら、どうすると太るか痩せるか分かってきました。大学に入学し、一人暮らしを始めて自炊するようになると、自分なりの痩せ方を掴めました。3年くらいかけて理想の体重に近づける方法に行き着いた感じです」