まさかSP16位から大逆襲 天国の母に届けた“伝説の4分” 浅田真央も列島も泣いた【2014ソチ五輪】
ミラノ・コルティナ五輪は連日熱戦が行われている。冬季は1924年に第1回大会が開催され、今回で25回目。4年に一度の夢舞台で過去に起きた様々な出来事を振り返る。2014年ソチ大会のフィギュアスケート女子フリーでは、浅田真央が“伝説の4分”をリンクに刻み、列島の涙を誘った。

冬季五輪の出来事を振り返る
ミラノ・コルティナ五輪は連日熱戦が行われている。冬季は1924年に第1回大会が開催され、今回で25回目。4年に一度の夢舞台で過去に起きた様々な出来事を振り返る。2014年ソチ大会のフィギュアスケート女子フリーでは、浅田真央が“伝説の4分”をリンクに刻み、列島の涙を誘った。
ソチ五輪シーズンの浅田は、グランプリ(GP)シリーズのスケートアメリカ、NHK杯を連勝。GPファイナルも制し、快進撃で大一番に向かった。
2006年トリノ五輪は年齢制限で出られず、2010年バンクーバー五輪は銀メダル。悲願の頂点を目指した夢舞台だったが、ショートプログラム(SP)でまさかの16位発進と大きく出遅れた。
失意のどん底から、姉・舞さんのエールなどで立ち上がって迎えたフリー。ラフマニノフ「ピアノ協奏曲第2番」に乗って、冒頭にトリプルアクセルに成功。その後も次々にジャンプを決めていく。
天を見上げて演技を締めくくると、涙があふれ出た。メダルには届かなかったが、死力を尽くして6位に浮上。大逆襲に列島も泣いた。
2011年12月に最愛の母・匡子さんが死去。「今まで支えてくれた方々に、最高の演技で恩返しすることができた」。目指した金メダルには届かなかった。だが、天国の母に届けた“伝説の4分”は、確かに黄金の輝きを帯びていた。
(THE ANSWER編集部)
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