14歳で選んだ海外留学 水谷隼が「超マイペース」な欧州で知った個人競技の成長法
進路選択で貫いてきた「少数派」という軸「そう思うこと自体が力になる」
今回のインタビューを実施したのは、その授業後のことだった。集団主義的な価値観により、ともすれば選手個々の成長に差がつきにくくなる環境で中高生はどうすべきか。アドバイスを問うと、こんな風に答えた。
「自分自身が自分のことを一番分かっていると思う。それはコーチや親よりもずっと。その気持ちに素直になった方がいいと思う。練習を嫌々やってもしょうがないので、例えば、みんな練習メニューが一緒だったり、自分にこの練習が合ってないと思ったり、そういうことがあれば、素直に監督、コーチに相談して『自分は違うメニューをやりたい』と言う方が成長につながると思う」
そんな考えのベースとなったのは、ドイツ留学にある。しかし、スポーツの海外留学といえば、高校、大学を卒業したタイミングが一般的。10代、まして14歳という年齢はかなり早い。卓球がジュニア年代から活躍しやすい背景はあるが、10代前半で海外留学を経験したメリットはあったのか。人格的形成の途上にある年代。水谷は「考え方がヨーロッパ寄りになったこと」を挙げた。
「一般的に青春時代と中高生の期間ほとんどをヨーロッパで過ごしていたので、日本の文化というよりもヨーロッパの文化の方が自分の心の中にある感じがする。日本は息苦しいところがあるじゃないですか。社会に出ると、いろいろなしがらみの中で生活しないといけないし、そういう感覚とは離れたところに自分はいるのかなと思う。
ヨーロッパ人は超マイペース。練習も日本人は10分前、遅くても5分前に入るけど、彼らは時間ギリギリ、ちょっと遅れても余裕で入ってくる。まして『遅れてすみません』みたいなことはなく、平気な顔。日本でそういうことがあったら待っている側はイライラしてしまうけど、僕もそういう環境にいたから全然気にならなくなった」
個人で戦う卓球の競技特性。もちろん、エゴイストになることがすべてではないが、水谷は「ある意味、他人のことより自分のことを考えているから練習に遅れてくると思う。自分のペースを守っていることの現れだから」と捉える。
「個人競技は周りのことより自分のことを一番に考えるべきだし、練習も周りに合わせてやるのではなく、自分がやりたいからやるべき。疲れている時に練習やろうと声をかけられたとき、今日は疲れているからやらないとしっかり発言できるのがヨーロッパ人で日本人は周りに合わせてしまいがち。それで無理な練習、無駄な練習が増えて、いい練習ができなくなるんじゃないか」
競技人生は選択の連続だ。最後に、進路を選ぶ時に大切にしてきた軸について聞いた。わずかに逡巡した後、「『初めての挑戦』とか、少数派を必ず選ぶようにしてきた」と言った。
「2013年から5年間留学したロシアは誰も挑戦したことがない地で、卓球も強いわけじゃない。周りに『なんでロシア留学するの?』と言われたけど、自分はそういう環境に挑戦してみたい。日本で初めてプライベートコーチを自費で雇ったこともそう。初めてのことに挑戦したり、誰も経験したことがない領域に踏み入れたり、そういう性格だった」
常に、足跡のない道を歩くこと。そうして新たな道を拓くこと。そのパイオニア精神で得られることについて「そう(自分が初めてと)思うこと自体が、自分にとっての一つのモチベーションになると思う」と実感を込めた。
近年は年収1億円超えであること、ボールが見えにくくなっていることなどを包み隠さず明かし、世間を驚かせたことも象徴的。しかし、残された競技人生でもっと驚かせたいことを胸に秘めている。
「最近は若い選手が強くなってきて、自分も少しずつ引退が近づいてくる。その中でリオ五輪のパフォーマンスが最高だった、リオ五輪からの4年間は落ちてきていると周りに言われているけど、それを覆したい。自分の力はまだこんなもんじゃない、自分の最高の状態はまだみんなに見せてないと思っている。自分がもう一度輝く姿を披露したいという気持ちは強く思っている」
1年延期された東京五輪は2021年、夏。14歳から大きく変わった競技人生、誰もいない道を歩んできた31歳の集大成となる。
(THE ANSWER編集部・神原 英彰 / Hideaki Kanbara)