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「私はいつも孤独でした」…スターの本音をコンテンツに “72年ぶり復活”米国の女子プロ野球にビジネスの勝算

選手たちの本音「いつも孤独でした。男性ばかりの環境で…」

 それは、ウィットモアやデイビスにとっても同じであった。最終トライアウトの前夜に他の選手たちと食事に出たウィットモアは自由であることを感じたという。「いつも孤独でした。男性ばかりの環境で、友達を作ろうとしたり、会話の仕方を学んだり、フィールドを離れた後の付き合い方とか、どう対応すればいいかわからなかったのです。そういうことは小さなことだけれど、大きな意味を持つのです。そして昨日の夜、何人かの選手と食事に行き、ありのままの自分であり続けられるという、そんな自由を感じさせてくれました」

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 デイビスは「私は女性と野球をするのは、これ(トライアウト)が初めてだったのです。本当に居心地が良く、すごく楽しかったです。競争はとても激しいものですし、みんなのエネルギーも溢れていました」と。

 彼女らは女子にはソフトボールがある、と言われ続けてきた。20世紀初頭、ソフトボールは「屋内野球」と呼ばれて広まっていたし、野球とソフトボールが近いスポーツであることは誰もが認めるところ。しかし、野球とソフトボールは同じスポーツではないことも事実だ。彼女らは野球がしたかったのだ。カナダの独立リーグでプレーした初の女子選手となった里も「男子に通用することを証明するためにプレーしているのではないです」と話していた。

 野球を通じて男子選手と戦えることを証明するよりも、野球がしたかったのだ。

 それは、プレーヤーとしてのスタイルにも大きな変化をもたらす。ウィットモアは「男性選手と対戦する中で、私はより多くの変化球を投げるように移行する必要がありました。様々な球種を追加し、タイミングの調整、ホールド、クイックピッチなど、あらゆる要素を混ぜ合わせることになりました。ここにいると、自分が育ってきた通りのピッチャーでいられると思います。つまり、変化球70%ではなく、ストレート70%を投げたいのです。ストレート中心で変化球を混ぜるというピッチングができるようになる」と話した。

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谷口 輝世子

デイリースポーツ紙で日本のプロ野球を担当。98年から米国に拠点を移しメジャーリーグを担当。2001年からフリーランスのスポーツライターに。現地に住んでいるからこそ見えてくる米国のプロスポーツ、学生スポーツ、子どものスポーツ事情を深く取材。近著に『なぜ、子どものスポーツを見ていると力が入るのか――米国発スポーツ・ペアレンティングのすすめ』(生活書院)ほか、『帝国化するメジャーリーグ』(明石書店)『子どもがひとりで遊べない国、アメリカ』(生活書院)。分担執筆『21世紀スポーツ大事典』(大修館書店)分担執筆『運動部活動の理論と実践』(大修館書店)。

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