仕事前に呟く「康太さんが好きだったこと」 当日乗り替わりのマイルCS、照れくさそうなお祝いの日…騎手・藤岡康太の記憶
ドウデュースに「豊さんが騎乗できないんだったら…康太さんが乗っても」
昨秋、ドウデュースの1週前追い切りに康太さんが跨って抜群の動きを見せます。追い切りから引き揚げてくるのを関係者のみんなと待っている時「豊さんが騎乗できないんだったら、康太さんがレースで騎乗してもいいんじゃないですか」と誰かが声を上げると「ほんまやね」と。レースで騎乗することはありませんでしたが、それくらいみんなに愛されている人、それが康太さんでした。
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友道厩舎はCWで3頭併せを行うことが多く、3頭が縦列で走ります。先頭がペースを間違えると、後方2頭もその影響を受けてしまうので、先頭が担う役割はすごく大きくなります。そんな状況でも康太さんは牡馬、牝馬、新馬、未勝利、オープン。どんな馬に乗っても厩舎が求めるラップを確実に刻んでいきます。そんな様子を見て、双眼鏡越しに「さすが、康太さんやわ」と何度呟いたことか分かりません。
2022年9月、JRA通算700勝を決めましたが、そのお祝いの言葉をかけた時も友道厩舎の追い切りを終えた直後でした。友道調教師にも協力していただき、700勝を記念して、私のインスタグラムに登場していただきました。すごく照れくさそうにカメラに向いてくれたこと、つい最近のことのように思い出します。
そして、今年3月。JRA通算800勝を決めて、またインスタグラムに登場してもらわないと、と思っていた翌週。レース中の落馬事故で命を落としてしまいました。
合同葬に参列させていただき、これが事実なんだと受け止めることが本当に辛かったですが、日本騎手クラブの会長である武豊騎手、同期の浜中俊騎手、そして、藤岡康太騎手の父である藤岡健一調教師の言葉を聞き、前に進まないといけないと思いました。
自分にできることは何か。康太さんが好きだった、競馬ファンへのファンサービス。「僕も競馬ファンに対して、より一層のファンサービスができるように頑張りますね」。お別れする時に伝えました。今はその言葉を心の中で呟きながら、競馬場や仕事の現場へ向かうようにしています。
(井内 利彰 / Toshiaki Iuchi)