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「0秒01差」で分かれる天国と地獄 プールの底しか見えない、単調な水泳の練習から育まれる人生の強さ――競泳・坂井聖人

プールでの単調な日々で磨かれた粘り強さ

 競泳は記録の競技である。五輪のメダルであったり、全国大会出場などの目標はあっても、基本は自分を超えていくこと、つまり自己ベストの更新が目標のベースにある。記録という絶対的な指標がある以上シビアなスポーツである側面も強いだけに、自己ベストが出た時の達成感は格別だという。

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「めちゃくちゃ嬉しいですよ。仮にそれが0秒01の更新でも、です。日常生活でのモチベーションも全然、変わってきます。楽しく毎日が過ごせる。もちろんその逆もあって、代表選考会で0秒01差、本当に指先くらいの差で負けた時は、しばらくは絶望とも言える時間になるんですね。僕の場合、そういう時は好きなサウナに行って無の状態になって気持ちを切り替えていましたが、そういう意味では過酷な競技だったなと、引退後に感じるようになりました。

 僕は競争が好きでした。争っている自分が好きで、負けず嫌い。もがき苦しみながらも頑張るというのも好きです。だからリオ五輪後に厳しい状況が続いていた時でも、第二の人生もそういうことがあるから、それなら今のほうが大したことないだろうと思って競技を続けていました」

 結果はすべて、選手に返ってくる。陸上競技も似た競技性だが、ある競泳の五輪メダリストの言葉を借りれば、「競泳はプールの底しか見えない環境で、ひたすらきつい練習をする特殊な競技」でもある。

 坂井はその見解に同意しつつ、「ただ、自分は……」と競泳選手としての誇りを込めて、違う視点で競技を捉えている。

「プールの底は、どこに行っても同じようなものですが、それを言ったら車の運転も、トレッドミルで走る時も景色は変わらないと思います。ただ確かに、単調なことをこなす粘り強さは身につくと思います。

 自分も競泳関係以外の知り合いから、『見ていて変化が感じにくいので、面白みがよく分からない』ということを言われたことがあります。でも、選手は目標に向かって努力して取り組んでいるので、その部分を見てほしいと思います」

 もっとも個人競技とはいえ、ひとりで強くなることは難しいもの。練習では同じレベル、同じ志を持つ仲間がいれば、互いに切磋琢磨し、個々がレベルアップしていくことができる。

「サッカーや野球などのチームワークとは異なりますが、個人競技なりに高め合う部分があります。例えば、同じグループでもバタフライの速い選手、クロールの速い選手同士で争ったりするんです」

 大学進学の際、坂井が早稲田大学を選んだのは個人メドレーと200メートルバタフライで、世界大会で活躍していた瀬戸大也の存在が大きかった。また、早大には瀬戸のみならず先輩に中村克(自由形)、坂井の1年後に入学する渡辺一平(平泳ぎ)とリオ五輪にともに出場する選手たちがいた。種目は違えど、五輪の舞台や世界トップレベルを目指す意識の高い選手に囲まれた環境は、坂井にとって大きな刺激となり、その成長をさらに加速させた。

「本当に最高の環境でした。瀬戸さんとはずっと一緒に練習していたわけではないですが、意識の高い選手が周りに多くいたので、それぞれが互いに高め合い、自分も成長できたと思います」

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牧野 豊

1970年、東京・神田生まれ。上智大卒業後、ベースボール・マガジン社に入社。複数の専門誌に携わった後、「NBA新世紀」「スイミング・マガジン」「陸上競技マガジン」等5誌の編集長を歴任。NFLスーパーボウル、NBAファイナル、アジア大会、各競技の世界選手権のほか、2012年ロンドン、21年東京と夏季五輪2大会を現地取材。22年9月に退社し、現在はフリーランスのスポーツ専門編集者&ライターとして活動中。

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