「勝つほど柔道が嫌いになっていく」 極限状態を離れ、町道場で教える欧州で学んだスポーツの意義――柔道・大野将平
欧州に来て学んだ「生涯スポーツ」としての柔道
欧州に来て、学ばせてもらった一つが「生涯スポーツ」であること。私が通うスコットランドのクラブチームは、40代50代以上の人も柔道をやっています。健康目的でやっている人は稽古を生活のサイクルに入れて楽しくやっていて、一方で白帯から段々とアップグレードさせて最終的に黒帯を目指している人は試合にもどんどん挑戦しています。
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日本の場合はどうでしょうか。子どものころは柔道であれ、野球、サッカー、ほかのスポーツであれ、いろいろとやれる環境にあるとは思います。ただ、欧州のように40代50代以上の人がスポーツを楽しめる環境になっていないような気がします。特に柔道においてはその傾向が強く、やりたくてもできない。ここはスポーツが生活の一部になっている欧州と日本の大きな違いではないでしょうか。欧州の人たちは私が通うクラブチームを例に取っても、いくつになろうが挑戦して、体を動かして、健康的に過ごしているな、という印象を強く持っています。
選手たちもそうです。競技生活を終えると、そのまま離れてしまうケースも少なくありません。私自身、20数年間、柔道に誠心誠意向き合って、厳しくやってきたつもりです。楽しいだけでは勝ってはいけません。負ける可能性が1%でもあれば許せない、それくらい極限状態のなかでやっていました。あの時期に戻ってもう1回同じようにやれと言われても無理だと思います。インタビューにおいても「畳の上で白い歯を見せるものではない」と発言してきました。
勝っていけばいくほど柔道が嫌いになっていく感覚がありました。(東京五輪で2連覇を果たした後は)離れたいという気持ちがあり、正直言うと今では稽古したいとの感情すら湧きません。ただ、このように欧州で生活するようになって初心に戻ることができているのかもしれません。柔道を楽しむ、スポーツを楽しむ。その感覚を今持っていいんじゃないかと思えるようになりました。
自分自身、柔道家に引退はなく、一生修行だと思っています。今、厳しい稽古をやらない以上、日に日に自分の筋力、体力は落ちていきます。技というものは技術にプラスして筋力、体力が重なって成立します。でも、その筋力、体力を失っていくと技術の部分がより光ってくる。スコットランドの選手たちと一緒に稽古をしていると、逆に力を抜いて技術だけでしっかり投げる感覚を持てているのが何とも面白い。自分でこう表現するのもおかしいですけど、達人の域に近づいているような気もします。柔道を畳の上で追求する、探求することは続けていかなければなりません。そういったことを少しずつやっていきたいとは考えています。
道場に通う選手たちと練習後、近くのパブで飲みながら彼らといろいろと話せることもここでの楽しみの一つです。スポーツパブではラグビーやサッカーのEURO(欧州選手権)がテレビで流れていました。ラグビーでもサッカーでもナショナルチームへの応援も凄まじい。こういう場に一緒にいれるだけでも、スポーツが生む一体感を味わえます。
欧州や日本で、そういったスポーツパブで柔道の試合映像が流れることはまずないと思います。でも僕が訪れたカザフスタンなど中央アジアの国々は柔道やMMAなど格闘技が流れていました。競技はいろいろと違っていても、スポーツで盛り上がることは世界共通。スポーツをするにしても、観るにしても、人々の生活にスポーツは切っても切れない関係性にあるのだと、スコットランドに来てより感じています。
スポーツが身近にある欧州での生活は日々、学びを与えてくれています。
(二宮 寿朗 / Toshio Ninomiya)