「日本はプロセスを大切にしすぎる」 英独仏の3か国語を習得、欧州生活13年で培った海外を生き抜く術――サッカー・熊谷紗希
プロセスを大事にする日本と、結果を重視する欧州
こうした“ルーズ”な部分には慣れたと言っていたが、熊谷自身は「欧州と日本の間くらいがちょうどいい」と笑う。さらに日本と欧州のサッカーにおける違いについては、熊谷が発した「(欧州では)プロセスをそこまで大事にしない」という一言に、すべてが集約されていた。
「いい加減なことをしている人でも、別に結果を出せばいいでしょ、というのはめちゃくちゃあります。プロセスを大事にしすぎている日本と、あまり大事にしない欧州のどちらがいいのか、ですよね」
欧州では自分の許容範囲を超えていくことばかり、と笑いながら、こんなことも教えてくれた。
「所属のローマでは、練習が始まる30分前から集合するのですが、いない選手がいるわけです。集まっても何も始まらないから『今はなんの時間?』ってなる。聞いたら自由にしていいよと言うけれど、その時間があまりにも長い。でも慣れてきたり、その場のルールに合わせていくわけですが、これだけ海外に長くいると、正解は一つじゃないことを学びました。私は結果がすべてなら、そこに至るまでのプロセスで何をしてもいいとは思いません。ただ、プロセスをあまりに重視しすぎる必要もあるのか、と考えることもあります」
さらにサッカーの面での大きな違いとして、「選手が“痛い”と思う度合いが、欧州のほうが早い」と説明した。これはどういう意味なのか。
「日本では少しの痛みなら、多少は我慢して練習する風潮がありますよね。でも欧州は痛かったら、すぐに練習を休む。例えば欧州では月曜から木曜まで怪我した選手が練習にいないけれど、金曜だけ軽く練習して、土日のどちらかの試合に出るというのはよくあること。日本だと考え方が違いますよね。練習に週1回しか出ていないのに、試合に出られるという考え方にはならない。でも少しの痛みを我慢して月曜から金曜まで練習した選手と、しっかり休んでベストの状態に戻したうえで試合に出た選手と、どちらのパフォーマンスがいいのか、という話です。海外の選手は人のことなんて気にしていない。日本人は真面目だから全部やろうとするけれど、頑張りどころを学ばないといけないのかなとは思います」
海外生活で得た思考と視野の広さは、サッカーにも直結していた。様々な経験を積み重ねるほど人は成長し、日本を飛び出したからこそ得られるものがたくさんあることを教えてくれている。
成功するためには何が必要なのか。言葉の端々にたくさんのヒントが隠れているが、熊谷は最後に新たな挑戦、新たな一歩を踏み出そうとしている人たちに向けて、こんな力強い言葉を送ってくれた。
「本気でやりたいならまずやってみること、それが重要だと思います。心配事は誰にでもあるので、本気ならまずやってみたほうがいい。迷うくらいなら、やってみて考えるくらいがちょうどいい。私は勢いで生きているので(笑)、これが参考になるかは分からないですが、何かにチャレンジしようと思っている人に少しでも響いたならば嬉しいです」
■熊谷 紗希 / Saki Kumagai
1990年10月17日生まれ、北海道出身。常盤木学園高時代から日本女子代表に選出され、2009年に浦和レッズレディースに加入。20歳で出場した11年ドイツ女子W杯で世界一を経験した。大会後にドイツのフランクフルトへ移籍すると、13年からフランスの強豪リヨンへ。UEFA女子チャンピオンズリーグ5連覇など主力としてチームの黄金期を支えた。21年からバイエルン・ミュンヘン(ドイツ)、23年からはASローマ(イタリア)と13シーズンにわたって欧州でプレーしている。五輪は12年ロンドン大会で銀メダルを獲得、21年東京大会は主将として戦った。
(金 明昱 / Myung-wook Kim)