勝つだけなら「いずれ忘れられる」 独自の技術論を提唱、風間八宏がセレッソ大阪で追求するもの
セレッソにやって来たのは「面白い挑戦ができる」から
その後、風間は名古屋グランパスの監督(2017~19年)を経て2021年1月、セレッソ大阪アカデミーの技術委員長に就任する。
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風間の仕事選びの基準は、ただ1つ。「面白い挑戦ができるか」である。川崎の監督を引き受けたのも、Jリーグの理事会で「勝つだけじゃお客さんを呼べないでしょ?」と主張したのがきっかけ。同席していた当時の川崎社長、武田信平から「一緒に魅力的なサッカーを作っていこう」とオファーを受けて意気投合したという。
「世界にないものを作りたいんですよね。それとやっぱり、お客さんをワクワクさせるようなもの。サッカーという競技は、点をたくさん取ったチームが勝つわけで、点が入らなかったら見ているほうもワクワクしない。ワクワクする新しいものを、一緒に作りませんかってセレッソから声をかけられたので、すぐに引き受けたんですよね」
育成現場の経験がなかった風間に声をかけたのは、社長の森島寛晃とチーム統括部長の梶野智だった。興味深いのが、かつての「ガンバに追いつけ追い越せ」ではない、新しいものが風間に求められたこと。もちろん、当人も大いに望むところであった。
「横方向で見ていても仕方ないでしょ。『自分らの代では俺が一番』とか言ったって、一歩でも外に出れば誰にも知られていないわけ。そうじゃなくて、やっぱり縦方向で考えないと。今までにないもの、自分が面白いと感じられるもの、そういったものを縦方向で目指していかないと。それを実現させるために、ここでやっているのが『スペトレ』であり『風間塾』なんですよね」
「スペトレ」とは、年齢や性別にとらわれないスペシャルなトレーニングのこと。そして「風間塾」は、育成の指導者向けの講習会。どちらも風間の監修によるものだ。結果、2年で大きな成果をもたらすこととなったのだが、風間はそれを具体的な「成果」とは感じていない。
「優勝すれば、インパクトはあると思うけど、それだけですよ。極端な話、1つひとつの勝ち負けよりも、僕らが目指すべきは『この子たちがどれだけ上手くなれるか』なんです。日本人は、勝つことと上手いことを別で考える傾向があります。そうじゃない。上手いから勝てるんですよ。横方向だけ見て『ああやれば勝てるのか』じゃなくて、常に縦方向を見て『どうすればもっと上手くなれるか』を考えるべきなんです」
かくして、大阪に縁もゆかりもなかった風間の登場で、セレッソに新たな育成の息吹が生まれた。就任から今年で3年目。当人が言うところの「5年周期」に照らすなら、2年後には別の場所で新しいことに挑戦するつもりなのか。風間の答えは「その可能性もありますけど、ここは今までにない取り組みで、すごく面白いですね。毎日、変化が感じられますから」。そしてインタビューの最後を、こう結んだ。
「ヨハン・クライフは、勝ったから評価されているわけではない。ただ勝つだけなら、いずれ忘れ去られてしまいますよ。でも、何かを残したのであれば、人々の記憶に刻まれると思うんです。それは結果の話ではあるんだけど、僕はやっぱり世の中にないもの、自分が楽しいと思えることをやっていきたい。本当に、それだけなんですよね(笑)」(文中敬称略)
(宇都宮 徹壱 / Tetsuichi Utsunomiya)