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日本人はなぜ失敗を恐れるのか 海外指導者も指摘、育成年代に蔓延する「勝利至上主義」の弊害

未来に向かって努力する天才を育てられるか

 もちろん、良い結果は良い過程があればこそなので、そうした考え方のすべてが間違っているとは思わない。ただ結果というのは、やはり勝ち負けがはっきりと出るものなので、良い取り組みをしていても結果が出ないケースは往々にしてある。

 サッカーなどは、まさにその典型と言えるスポーツだ。志の高いチームが自らボールを動かし、リスクを負って攻撃に人数をかけて相手を圧倒しても、一発のカウンターでやられたり、滅多に見られないような豪快なシュートを叩き込まれて試合に敗れてしまうことはよくある。

 裏返せば、チームとしての明確なビジョンが見えなくても、前線に2人のハイレベルなFWを置き、最終ラインからポーンと前に蹴って得点を奪い、勝利するチームもある。多くのお金が動くプロの世界では、こうしたチームの監督でも結果さえ残せば、優れた指導者として評価されるものだ。

 だが、育成年代はそれではいけない。指導者が育てるのは、チームではなく「人」。試合に勝った負けたではなく、どれだけ将来プロの世界で活躍できる選手を育てたか、またはサッカーから得た経験を活かして、成功できる大人を育てたかで評価されるべきだ。

 しかし日本では、小学生年代から高校生年代まで様々な規模のトーナメントが行われ、全国大会などで結果を残すチームの監督が良い指導者だと評価される。親も強いチームに子供を入れさせたいと考えるため、才能のある選手が次々と集まり、また結果が出る。こうやって日本では育成年代にも勝利至上主義が蔓延し、強豪と呼ばれるチームほど選手の育成よりチームとしての結果に傾倒しがちだ。

 また日本のスポーツ界では、しばしば「天才」が持てはやされる。類稀な才能を持った少年少女が、幼少期から輝きを放つ姿はメディア受けも良いだろうし、「天才」を評価することで大人たち自身が“必死で努力”してこなかった言い訳ができる。

 一方で、そうした少年少女の全員が成長した後も、その世界でトップを走り続けられるかは別の話。天賦の才能を持っていたとしても、大切なのは「過去」の栄光ではなく「未来」を見つめて努力し続けられるかだ。

 実際にサッカー界で成功している天才と言われている名手たちは、人の何倍も努力をしてきている。ピクシー(ドラガン・ストイコビッチ監督)もそうだ。生まれながらの才能があっても、努力できなければ消えていくし、実際にそういう選手は日本に限らず世界中にいる。

 育成年代の指導者にとって最も大切なのは、そうした天才と呼ばれる、または将来、天才と呼ばれるようになる“かもしれない”子供を、しっかり努力し続けられる人間にすること。努力し続けられる選手にするには、子供の時からただ勝たせることじゃなく、継続してサッカーを楽しみ、夢を持たせられるように指導していく必要がある。小学生年代のチームで結果ばかりを追求し、指導者や親が叫び、怒鳴るような環境では、子供が継続してサッカーを楽しんでいくことなどできない。

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喜熨斗 勝史

サッカーセルビア代表コーチ 
1964年10月6日生まれ。東京都出身。日本体育大学を卒業後、高校で教員を務めながら東京大学大学院総合文化研究科に入学。在学中からベルマーレ平塚(現・湘南ベルマーレ)ユースでフィジカルコーチを務めると、97年に教員を退職しトップチームのコーチとなる。その後セレッソ大阪、浦和レッズ、大宮アルディージャ、横浜FCを渡り歩き、04年からは三浦知良のパーソナルコーチを務める。08年に名古屋グランパスに加入してドラガン・ストイコビッチ監督の信頼を得ると、15年からは中国の広州富力、21年からはセルビア代表のコーチに招かれる。日本人としては初めて、欧州の代表チームのスタッフとして22年カタールW杯の舞台に立った。
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